ナインアワーズは十時にチェックアウトなので、ぎりぎりまで寝て集合することにしていた。あとから連泊を決めたので、予約を分けて取っていて、だから今日もチェックインが必要だった。面倒になると嫌だなとフロントで尋ねてみるとあっさり連泊扱いでロッカーを使わせてもらえたのでスーツケースは置いていく。
明るいなかを中洲の方まで歩いていく。鈴懸で朝ごはんと洒落込むつもりだった。櫛田神社があったので寄っていく。でかい神輿があって、これを本当に担ぐのだろうか。担ぐものという体裁だけあって、実際は担がないのではないか。稲荷やら龍神やら、ありがたそうなものたちの集合住宅といった感じ。鈴懸の茶室は十一時開店で、物販の時刻と勘違いしていたのでウェイティングリストに記名して、斜向かいの博多座を見にいく。きょうは氷川きよしの公演で、満席売り止めとのこと。なかの物販だけでも見れないかなと思うが、どちらにせよまだ開いていないようなので一階のパン屋で急場を凌ぐ。時間になって鈴懸に戻り、僕はカレーライス、奥さんはホットサンド。食後にパフェを二種。フルーツのと栗のやつ。甘味も含め、和菓子屋の茶室のくせに和菓子っぽさはほぼ皆無で、その和的なもののもつ権威性へのこだわりがないことがむしろ土地のスタンスを表しているようだった。カレーライスは質も量も太っ腹で、かなりお腹いっぱいになった。左隣の二人組がパフェだけ頼んでいて、右隣のお二人はナポリタンだけ頼んで颯爽と会計していた。あとで甘いものも追加するものだと思っていたから驚いたが、両隣とも入れ替わるなか供されたパフェをつつきながら、うん、これは、どちらかだな、と納得する。時すでに遅く、お腹がはち切れた。博多座の前には救急車が停まっていた。
空港線で博多まで戻り、鹿児島本線で終点の福間まで。ホームにやってきた急行に燕が印字されていて、燕だ!と舞台『青春鉄道』のエピソードを想起する。偏った教養。宮地嶽神社までの道は平坦で、遠くにきれいな三角形の山が見え、田んぼにはちょうど稲の重みで頭を垂れるようす。お店もすくなく、車でさっさと過ぎ去っていくような景色が続くので、歩くのには面白くなかった。参道もこじんまりとしており、とくに見どころはない。階段を上り、途中の獣道にためしに入ってみると駐車場が見えた。滝跡もあり、木々の真下はずいぶん涼しい。階段に戻って上りきり、振り返るとまっすぐに海まで続く道が見える。ここから見やる夕陽が有名らしい。たしかに綺麗だろう。無駄に太いしめ縄や大きな太鼓をみやりつつ、購買の前で暮らす梟に気を取られる。首の可動域の広さが何度見ても面白い。子供たちにも人気であった。目が真っ黄色なのが鮮やかだった。本堂の奥には八社を巡る散策コースがあり、水を買って補給しながら歩いていく。想定していたよりこじんまりとしており容易に踏破できる。ふたりとも神社や城跡があると好んで覗くくせに、社そのものにはあまり興味がなく、切り株のキノコや、落ち葉をねぐらにするカタツムリなどをしげしげと眺めていた。こういう場所の、たっぷりの余白にある変哲もなさに惹かれる。不動神社は幟が立っており、それらが自重でキィ、ギィィ、グギャギャと不穏な音を立てていて怖かった。チェンソーの音をも彷彿とさせる猟奇があった。山から見下ろすと茅葺の屋根が見えて、あれはなんだろうと訝しがる。麓の公園は古い家屋を移築して保存しているのだそうで、見にいく。大きな池があり、鯉が群れている。建物は見学できるのは外観だけで、中には入れないようだったのですこしがっかり。動物園もあって、殺気を研ぎ澄ませるエミューや、足場に集合してキリッと目線をくれる山羊たちも見れた。謎の立方体のよこにステンレスの案内板のようなものが設置されているのだが、印字が何もなかった。歴代の宮司たちの銅像は敷地の端っこで植木たちに囲まれており、全体として物置のような作為の弱さを感じる。空間として成立させたい何かへの意志というものがほとんどない。ただのっぺりとある。駅からここまでの見どころのなさと響き合うようでもある。帰りはバスに乗りたかったけれど、時間が合わず結局歩く。二度目はより退屈だ。歌をうたいながら頑張る。旅先では、こういう面白みのない時間のほうが好きだ。おそらく二度は来ないであろう土地を、無理に面白がるでもなくただ過ごす。退屈を得るためにこそ遠くに行くのだ。参政党の演説が十字路であって、歩行者なんてほとんどいないここでやる意味とはと思うが、おそらく途切れず通る車たちに、その姿を見せることが目的なのだろう。じっさい五つくらいの語で構成された一文を延々と繰り返していたから、内容はどうでもよいのだと知れた。
鹿児島本線で南下していく。復路は途中下車を繰り返す。まずは古賀駅で降りてナツメ書店。店主の方が好奇心旺盛なちびっ子に向けて、コーヒーミルの機構について詳らかに説明していて、その明晰さに惚れ惚れする。じぶんの扱う道具について、これほど簡素に説明できる。しかも幼児相手にも、まったく手を抜かず詳細に順を追ってみせるという姿勢が格好よかった。ギャラリースペースの展示も面白くみる。次は香椎駅で降りてテントセンブックス。この日は十七時閉店とのことで、着いたのが十六時四十五分だったので急いで棚を巡る。天神まで出てPARCOのイベントも眺める。去年も来たけれど、とてもいいつくりの会場で、主催者の気配りを感じる。
那珂川まで歩き、さすがに歩き通しで足が痛くなってくる。豆乳ラテを奥さんが買ってきてくれるあいだ、ベンチに腰掛けて靴を脱ぎ足を揉み、ストレッチをする。日が暮れてきた。那珂川から博多湾へと周遊し、屋台村の方まで上ってから戻ってくるクルーズに乗る。船が好きだから。場を差配するスタッフがシャンクスの仮装をしており、他のスタッフもドンキクオリティの仮装を強いられていて、安っぽいJ-Popの垂れ流しも相まってどんどん期待値が下がっていたけれど、船はやはり面白く、橋桁スレスレを通っていくのは怖くて楽しいし、夜の海の真っ暗さも恐怖を煽る。向こうに見える豪華客船の灯りもどこか不気味で、船底で働く労働者たちの苦労が想起される。ガイドがギター一本で弾き語りを行うのだが、選曲はともかく、この不穏さを晴らすには歌でもなければいけないのだと思う。潮風に吹かれて腕が冷える。それでいいと思った。船着場を一度過ぎて、キャナルシティの方へと川を上る船に、屋台村の方から声援と聞き覚えのあるバシン!という鋭い音が聞こえてくる。ゴングの音。あれは。まさか。やっぱり。プロレスだ! 気がついてしまったら二人とももう船どころではなく、iPhoneを取り出して検索を開始。船着場につくのももどかしく、船を降りて即座にさきほどの場所まで早足で向かう。屋台村の人通りは多く、下の道を通った方が良かったかと思いつつ縫うように進む。まだやってるかな、間に合うかな、とたどり着いたリングではセミファイナルの六人タッグマッチが佳境にはいったところ。うおお、と二人で立ち見スペースに食い込み、やんやと声援を送った。中洲祭り。清流公園での野外プロレスは二十九年目の今回で最後なのだという。メインイベントの前に概要を知る。駆け込めんだな、とわかる。リングアナは顧問の先生なのだろうか。声がとても格好いい。松重豊みたいだ。解説席の黒のタイガーマスクの話術がやたら巧みで、選手の背景、関係性などが、軽口の合間にしっかり伝わるようになっている。会場にいながら解説も聞けるというのはそういえば初体験だった。試合はとっても良かった。すごかった。強かった。喰霊斗たむ選手、めっちゃ格好いい。一目惚れだ。ひゃああ、うおお、やったあ、と声を上げながら観戦し、最後のマイクではもらい泣きしてしまう。九州産業大学プロレス研究部。メインはOBの試合だったから、学生のものもちゃんと見てみたかった。九州にプロレスを観にくるというのもいいかもしれない。なんだかすごく刺さった。偶然でくわした、というのも大きかっただろうし、文フリ前で制作についてあれこれ思い悩むタイミングだったこともあり、賃労働者が日銭稼ぎとは別のところでなにかを表現する、という状況自体に共鳴してしまった部分も大きいだろう。たまたま自分がやむにやまれずやってしまうことが、資本主義下では生計に直結しないようなものであった場合、それでも関係ないところでやり通す、その胆力や頑迷さに打たれてしまう。それは、稼げないとかそういうことではないのだ。稼ぐとか稼がないとかではなく、やるほかないからやってしまうこと、それが人を引き寄せ、楽しませること。そこに見出せるのは、日々の延長にあるちょっとした特別さだ。非日常という否の論理ではなく、ちょっと特別な日という地続きの感覚こそ、人を励ます力が宿る。今回の文フリで配布する「蚤と自由」で書きたかったのはたぶんそういうこと。蚤根性だ。
また川沿いを歩いて行って、LIBROM でクラフト酒飲み比べセットで焼き銀杏、とうもろこしのふわふわ、なめろう、カリカリショートパスタをやる。ほろ酔い気分でウエストのごぼ天うどんでお腹を満足させる。夜はまだまだ終わらない。奥さんが行きつけのお店のカクテルを監修しているというので行きたがっていたBar秋吉に向かい、味噌をつかった強めのカクテルで始める。カウンターのカゴに盛られたフルーツでオリジナルのカクテルを作ってくれるというので、奥さんはいちじくで作ってもらい、笑顔、二杯目はすだち、これも美味。僕は二杯目にシャインマスカットのカクテルをお願いし、めちゃおいしい。子供の頃に思い描いていた、楽園なんかで飲む葡萄酒の味そのままだった。マスターの身のこなし、声かけのスマートさ、とても格好のいいバーで、うふふ、えへへと楽しく過ごし、タクシーで宿に戻る。シャワーを浴びて、ぐっすり眠る。今日もまた二十六時とかだ。
