2021.03.14(2-p.16)

いちやなぎ「magic hour」とROTH BART BARON の「極彩IGL(S)」を繰り返し聴いてる。

引き続きボディにコンシャス。朝からリングフィット。運動中のBGMは「OVER THE SUN」。自分としては結構長めだった鬱々とした状態から抜けて、いまは躁、それも結構な。ずいぶん長く深くいたから、その分ものすごい浮力で上がっている。危ない。ピークにある大恋愛のように、すでに終わりの予感に不安になるくらい、いま、生命力がすごい。

昼間に旧知の友達と待ち合わせて、たぶん三年ぶりくらい。近所のお気に入りのお店でランチとビール。小学三年だか四年生からの友達で、そのころ彼は水色のパーカーしか着ていなかった。そう話すと卒業アルバムもそのパーカーで写っているらしい。今度見てみよう。いまとなっては世界で彼の母親ひとりだけが、小学校の頃のあだ名のままで僕を呼ぶ。昔話はすこしはしたが、ほとんど今の話ばかりできるからよかった。そもそも僕が昔のことを覚えていない。五人くらい挙げられた同級生の名前のうち、一人か二人しかピンとこなかった。学校の近所の家の軒先の犬小屋で『ベイブ』みたいなピンクの豚飼ってるとこあったよね、と話すといやそれは全然知らないわ、と返された。いたよ。お腹がいっぱいで河川敷を歩くが風が強すぎた。それでも老若男女が野球をしていた。野球って流行っているなあと思う。素直に楽しそうだ。コーヒーを飲みながらおすすめだという銭湯に連れて行ってもらって、サウナもある。サウナで「整う」って言うけど、あれみんな嘘ついてない? と訊くと、確かに「整う」というのは実在するがその語感から想像するようなチルなやつじゃなくてトぶといったほうが近い、とのことだった。なんとなく彼に倣ってサウナで汗を流し、じっさいどのくらい頑張るのかという質問には、代謝とか人それぞれだから人それぞれともっともな回答の後に、肺の中の空気が外気とだいたい一緒になったみたいな感覚になったら出るタイミングとのことで、なんとなくそれを意識してぼけーっとして、サウナ室にテレビがないところは初めてでこれが随分よかった。ぼけーっとしたいのに見たくもないワイドショー見せられるの最悪すぎるといつも思っていた。それで水風呂も同じように吐く息が冷たくなるまで入る。なんだか妙に水風呂が気持ちよくて、内側からぽかぽかする感じがあった。ここまではこれまでも至ったことのある境地。それから露天風呂の方に出て、風に吹かれながら休む。薄目を開けて項垂れて、露天風呂のお湯がかけ流されている音と、ばくばくという鼓動を頭蓋の内に聞きながら、不規則なリズムで吹いてくる風を受けていると、それはきた。なんというか、鳥肌の立つ直前の感覚がずっと続く感じ。気持ちがいい! これかあ。これだったのだ。今日は、僕がもう一段深くサウナにハマった日。整いを知った今、こんな快感を共有するというのは、たしかに連れションの延長にあるというか、最近のサウナブームのホモソーシャルな内輪感に感じる寒さも納得だ。あとで奥さんにこの体験を話すと、なにもじもじしてんの、と突っ込まれて気がついた。自分の語り口がまるで初体験の告白のようだったのだ。これは、気持ちいいやつだ。たぶんドライオーガズムに近いやつ。気持ちよさを共有することで醸し出される濃密な親密さというのがあるし、外野から見て寒いのは新宿駅の改札のところでベロチューしてるカップルの見苦しさと一緒で、快楽というのは秘すれば花なのだ。節操のない開けっ広げな享楽は野卑で下品だ。だからこそ享楽を語るのはいつも気恥ずかしさやためらいが残る。読書の享楽でさえそうだ。自らの下品をどこまで律し、そこから諦めるか。書くことはそういうことでもある。どういうことなんだか。

サウナでの「整い」体験をギラギラした目でコメダで奥さんに語る様は、ルノアールの地下店舗でよくみるネズミ購の営業のような様相で、体は宇宙とか言いたくなる気持ちがいま僕にはよくわかる。個人の体験において、自分の体の変化ほど抜本的な転回はない。アトピーが完治するとそこから飛躍して癌まで治るとか言ってのけてしまう似非科学は、論理ではなく、そういう個人個人の世界のひっくり返る衝撃に基盤を置いているからしぶとい。だって私は変わった。

フィジカルな体験の基礎はフィジカルだ。おそらく今回サウナで整えたのは、サウナ室の静けさや野外で風に当たれるという環境与件だけでなく、僕自身がリングフィットで筋肉を準備していたからでもあるだろう。ボディへのコンシャスが高じて、スポーツ用品店でランニングシューズまで買った。形から入ろう、とはしゃぎ、奥さんが細身の男の人のタイツ姿が好きと言うから効果もよくわからないままになんか走る人が履いてるタイツと派手派手な半ズボンまで買った。これからもボディにコンシャスでいるぞお、と思っているが、この好調はいつまで続くのだろうか。せめてどん底に舞い戻る頃までに、リングフィットやランニングがこの日記の半分程度でも習慣になっていればいいのだけれど。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。