おととい本が出来上がって以来、ルドンに可愛いねと声をかけることへの躊躇いがなくなり、歯止めが効かなくなっているよね、と奥さんに指摘される。たしかに『r4ンb-^、m「^』は、猫を迎えて初めの一ヶ月のうちに、親バカ本にならないぎりぎりのタイミングで制作したもので、じっさいは制作時点は二ヵ月目にも入り込んでいたけれど、初めの一ヶ月の戸惑いや距離感をなるべく保持しようと努めていたから、こうして完成を確認したことでようやくそうした自律の楔を離れて、心置きなくメロメロになれるということなのだろう。今朝もうりうりと撫でくり、膝の上で丸くなるのを微笑ましく眺めながら『ロマン』を読んでいた。茸狩りをてきとうに流し、俄かに狼との死闘があり、周到に予感されていた恋にあっけなく落ちた。
コーヒーの準備だけでパンを忘れ、一階に降りるのが面倒で本を読んでいたから朝食は事務所で摂るつもりだったのだけれど、三〇分の朝会が一時間半以上に延びて、空腹のあまり終盤ほとんど頭がはたらかなかった。今日はここを逃すと一四時過ぎまで休憩をとれない日で、だから朝を抜くばかりか昼も遅い。終わった。もうきょうの前半のパフォーマンスは無である。そう思われた。しかし隣の人の呼気にすら苛立つようになってこれはやばい、無どころか害、そこでどうにか捻出した一〇分でコンビニに駆け込み、てきとうにサンドイッチを食べ、お米がよかったな、いなりとか甘じょっぱいのがよかった、と頭をよぎりつつもとにかく急場は凌ぎ、しかしこういう補給みたいな食事は精神を削るよなあとだんだん冷静さを取り戻していく。お昼は何食べようかな。それだけを考えて労働。
いぬのせなか座のnoteに掲載された『「どうしてこんな読書歴に!?」作家・笠井康平をつくった100冊』で気になったものとして、まず『ディスコ探偵水曜日』を読んで、今日はkiki『あたし彼女』を読む。「野いちご」で読んでる。読み終えた。ガラケーでカチカチ読んだらどんなだったろうか。スマホでスクロールしても面白い。断片的な文体と気怠げな独白が噛み合いグルーブを生む前半は傑作。後半にかけて急速に陳腐化していくのだが、心身をドライに切り売りする過酷な郊外資本主義文化から抜け出る希望として、けっきょく保守的な家族が夢見られてしまうことについて考え込んでしまった。
