2021.03.22(2-p.53)

西側の東京とはほとんど縁のないまま過ごしてきて、三鷹は一度星のホールに芝居を見に行った一度きりでそれも何を見たのだったか思い出せない。車内でド・セルトーの第9章まで。せっかくなので都市のディスクールを撹乱するかと思い、電車を降りる前に一度だけ地図を見て目星をつけて、北口からは当てずっぽうで歩いて行った。予報では雨じゃなかった記憶があるのだが、かなり怪しい空模様。桜通りという名の通り、桜がだんだん開いていた。確かこのあたりだなというところで右折すると、すぐに「カオマンガイバザール」という看板に出くわす。昨晩『馬馬虎虎 vol.2』を読み終えてしまったばかりの僕の頭には即座に不安げだった運転手の「カオマンガーイ……?」という呟きが去来する。お昼はここにしよう、と思いながら北上して、古本りんてん舎に。既知と未知の塩梅がかなりよくて、一時間くらいかけて舐めるように棚を行く。文庫コーナーを隈なく捜すが自分の手書きの文字はどこにも見当たらないから、『プルーストを読む生活』はすでに次の持ち主を得たようだった。それは嬉しい、と引き続き目を凝らし、渡辺一夫訳の『ガルガンチュワ物語 パンタグリュエル物語』の箱や、ド・セルトーやドゥルーズが大好きな『ロビンソン・クルーソー』に目星をつけて、本当は岩波は新刊書店で買いたいが、そんなこと言っているといつまでも買わないので今日はあんまり拘らず目があったものは買っちゃおうと基本方針が固まる。まだ手には取らず、向かいの映画関連の棚から、奥の画集を経て、詩歌、国内外の小説、思想と見ていく。ここらでいくつか目星をつけたはずなのだが、最終的には忘れてしまった。古本屋では一周目で出会い、二周目で再会できたものを買っていくというのが僕のやり方だ。入り口から対角の位置にある思想のコーナーが僕としてはたまらなく、平凡社ライブラリーの本はほとんど買い占めたい気持ちに駆られたが、クロソフスキー『古代ローマの女たち』、藤田省三『精神史的考察』、レヴィ=ストロースの『講義』に絞る。単行本もクリフォード・ギアーツがあって──『商人たちの共和国』そして『エリア・エコノミクス』の二冊から原典に遡りたいと思っていた──もちろん手に取る。図書館で借りて読んでいつか買いたいと思っていた『仏教思想のゼロポイント』もあった。『私たちが、すすんで監視し、監視される、この世界について』は完全にタイトルだけで買った。哲学書がこのくらいラノベのタイトルみたいに内容をタイトルで語ってくれるのは稀ではないか。問題はギアーツの本が値段がついていないことで、レジで伺うとその方は店番で店主は不在なのだということで問い合わせてくださったが繋がらない。そうか、神保町で市場が開かれるのって月曜なんだと知れた。お会いできなかったのは残念だが、波長の合う古本屋は貴重なのでまたいつかは来ると思う。申し訳なさそうな店番の方に、全然大丈夫、このあと水中書店さんにも行ってみたいから、また戻ってくるまでに聞いといてください、とお願いしつつ、あの実は、と名乗り、店主の方と連絡がついたらTwitter のお礼をお伝えくださいとお願いし、一度お店を出る。

南下して、カオマンガーイ。『馬馬虎虎』に出てくる餅米のビールが飲みたかったが名前を失念してしまったので、とりあえずタイビールっぽくてシンハーじゃないやつを注文してみる。カオマンガーイはとても美味しかった。これは奥さんとまた来たいなあと思いつつ、一人なのでさっと飲んで食べて出る。そういえば緊急事態って終わったんだっけ。なんとも締まりのないことだ。水中書店は小綺麗で風通しのよいお店で、下世話な本や最近の本からがっつりとした詩歌まで揃っている。けれども僕には未知のものが多くて、あれ、なにをとっかかりに手に取ればいいんだ? と迷ってしまった。とりあえず左手のみすずの充実はわかったので、『「聴く」ことの力』で出てきたのこれだっけ、とレインの『自己と他者』を、あとは保坂和志がよく言及するのってアウグスティヌスだっけ、と『アウグスティヌスとトマス・アクィナス』を手に取って、この二冊のみすずでよしとした。

いよいよ降り出しそうで、すこし足早にりんてん舎に戻ると無事値段がわかって、店主の方はやはり今日は神保町の卸しに出かけているとのことで、しかしメッセージで伝言を残してくださったようだった。ありがたいし、ほんとうに嬉しかった旨お伝えし、ギアーツの値段次第で買うか決めようと思っていた岩波組をレジに追加して会計。一万円を超えないくらいの値段で、古本屋でこのくらいどかっと買うと気持ちがいい。

もう雨が降り出す前に帰ろうかとも思ったが、せっかくここまできたのだからもうひと遊びしたい。今朝までしかし特になんのアイデアもなく、雑に「三鷹 散歩」「三鷹 楽しい」「三鷹 おしゃれ」などで検索していたのだがピンとこず、諦めかけていた。しかし朝になって気がついたのだ。いま僕には街歩きに彩りを添える趣味があるじゃないか。そう、それはサウナだった。それで「三鷹 サウナ」で調べて目星をつけていたアサヒトレンド21に向けていちど駅まで戻って今度は南口のほうへと抜ける。こっちの駅前の感じはなんか八王子みたいだな、とざっくり感じる。まだ開店まで時間があったので、目に留まった珈琲やで荷物の整理をすることにして、コーヒーをいただきつつ、紙袋からリュックへと本を移し替えていく。美味しかったのでちょうど豆も切れていたから200グラム焙煎してもらうことにして、それが出来上がるとちょうどいい時間だった。隣のジジイが中国は病気でこんなに迷惑かけていながら世界に対して謝罪もないのか、としょうもないことを話していて、うるせえな、と思う。しかしなんとつっかかっていけばよかったのだろう。アサヒトレンド21は八百円でタオルも付いてくる。ロッカーもサウナ利用者専用のものがあって、サウナ利用者専用の水風呂と洗い場と休憩室まである。サウナ利用者の優遇がすごい。事前にサウナは熱すぎず、水風呂は冷たすぎず初心者向けと調べてあったから安心していて、しかし二周するころには、僕はすでにもっと強い刺激を求めているのではないか、と思い始めていた。休憩室の贅沢さも、寝そべる形の椅子が嬉しくてぐでーとするのは気持ち良かったが、ふつうの椅子に腰掛けている方が、じんじんと「ととのって」いく感じがあって、人にはそれぞれの「ととのい」やすい姿勢というのがあるのかもしれない。それで三周目はじっくりとサウナに篭って、水風呂も長めに浸かって、椅子に上半身を立てて休んでみた。たしかにこれが一番いい感じがする。満足してぬるめのお湯に長々と浸かって締めとした。僕はこういう時、決まってくるりの「温泉」が流れ出す。

帰りの電車はリュックがパンパンで本を取り出すのも億劫だったので、今日配信したポイエティークRADIO を聴き直す。いいこと言ってる。もっとわかしょ文庫さんの才気に満ちた応答に切り返せばいいのに、と自分の受け手としてののろさにすこし物足りなくもなる。すっかりポッドキャストは録ったまま公開の準備をしてそのまま公開されるまで聴き返さなくなってしまった。

帰宅すると青森県近代文学館からの荷物が届いている。直接メールでくださいと言って送ってもらった『資料集第1輯 有明淑の日記』だ。支払いはこれから郵便振替用紙で行うということらしい。こういう手間のかかる買い物が新鮮で楽しい。リュックからきょうの買い物を取り出していくと、『日常的実践のポイエティーク』がくちゃくちゃになってしまっていて、しまった、と思う。それでも、まあいいか。この本は使い込まれてる感があった方が似合うし、とすぐけろっとしている。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員。プルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、「家」の別のやり方を模索するZINE『ZINE アカミミ』などを制作。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。