昨晩録音したものがあまり楽しくなかったので、午前中は記録を台本に起こしてみて、話の順番を入れ替えてみたり、成立しそうな感じに整える作業を奥さんと行う。午後、楽しみな打ち合わせ。こちらで進行していく心づもりだったけれど、稲垣さんが仕切ってくれる。しかし、両者の情報の具合を知っているのは僕だけなのだから、僕がやるべきだっただろうな、と反省する。昼食のあとに台本をもとに録音。ぶざまを晒す。台本があると、なるべくそれを遂行したくなってしまう。そのくせ、自発的にずれていくのだから妙だ。でも、この脱線は自分であれば元のルートに戻ってこれるという自負からくるのであり、しかし他人にその道筋は共有できない。そのようなもどかしさがあり、己のモラハラ気質というか、コントロール欲が顕在化する感じがあって、嫌だった。書くと理路が事後的に組みあがる。それが書く楽しさだけれど、その理路から外れると気持ちが悪くなるという作用もあり、おしゃべりには無軌道さをこそ求めているのだから、台本はせめて共有するものとしてではなく、自分の側がある程度の理路を浮かび上がらせるためにだけ使うくらいがいいような気がする。なんとなくぐったりしてしまって、たぶん熱中症っぽくもあり、水風呂に入ったりして整えていたら一日が終わっていく。なんだろう、すぐ終わっちゃうな。
