2025.09.10

『それで君の声はどこにあるんだ?』を読んで、電車の中で涙ぐむ。これは大事に読み終えたいな、と昼休みに喫茶店で腰を据えて読み終えて、コーンの声を聴きたくて仕方がなくなったので本屋に駆け込む。『誰にも言わないといったけれど』を買い、野田努『ブラック・マシン・ミュージック』、藤本和子の『塩を食う女たち』と『ブルースだってただの唄』も買われた。あとは楽しみにしていた『日本語ラップ 繰り返し首を縦に振ること』も手に取られて、でもしばらくこれは読まないだろう。まずは黒人から。それ以外のことはそのあとだった。ここまでひとつの明確なテーマをもって本を渡り歩くのは久しぶりな気がする。『日本語ラップ』を読む前に、というかおそらくこの本へのつなぎとして、『ヒップホップ・レザレクション』を読みたい。版元ページによると〈反社会的な音楽文化としてしばしば非難の対象となってきたヒップホップは、なぜ繰り返し神や十字架について歌うのか――黒人神学の泰斗ジェイムズ・コーンの議論を継承し、アフリカ系アメリカ人の宗教史の文脈のなかでラッパーたちの声に耳を傾けながら、その秘めたる宗教性を浮かびあがらせる。ヒップホップの現場を知りつくした気鋭の神学者による、異色の歴史神学にしてヒップホップ研究の新たなクラシック〉とのことだ。面白そう。

きょうも「さめない社交」のnoteを書いて、さらにはポッドキャストのプレイリストまで作ってみた。なるべくハードルを下げてふらっと遊びに来やすくなるといいな~という試みのはずなのだが、書いている内容が要請しているものが過酷な感じもするし、プレイリストも平気で十時間超えで——もちろんぜんぶ聞かなくていいわけだけれど——むしろハードルをがんがん上げてしまっているのではないかと心配になる。夕方、依頼していたロゴの素案が送られてきて、おお~いい感じだ~とはしゃぐ。こういうのができてくると、また一段ぐっと楽しさが増す手応えがある。迂遠キャップをつくったばかりだが、社交キャップもつくりたい。退勤後は北千住で待ち合わせをしてボケロナで晩ごはん。おいしくてごきげん。きのうはぐったりの極地だったから、きょうこうしてごきげんで嬉しい。〆は斜向かいの深夜営業の蕎麦屋。数年ぶり来店だったけれど、やはりうまい。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。