長く社交するためには深追いしない。最後まで居残らずさらっと帰るとか、「すべて」を話さないとか。僕は物足りなさを受け入れるのが苦手なのだけれど(お腹いっぱいになりたい)、成果や満足を急がないというか目的にしないほうが結果としていい感じになるのも流石にわかってきた。
ゲンロンの植田さんがmixi2で以下のように書いていて、ありがたい言及だった。
「会社員の哲学」と「会社員向けの哲学」は区別すべきであって、たとえば柿内正午さんがやっているのが前者、令和人文主義は後者、みたいな整理をせねばならない(これ京都文フリ用の原稿に書くか)
会社員というのは、マーケティングの対象としてか、労働力としてしか語られない。つまり客体にしかならない。そりゃそうで、会社員を含む労働者というのは使用者が設計する「システム」に対する「コード」として振る舞うもの(海大汎)だからで、システムによってコード化された存在が主体なわけがない。植田さんの整理による「会社員向けの哲学」というのは、あえて左派的な語彙を使えば「アヘン」にすぎない! 労働者はどれほど見かけが立派でも関係なく、全員例外なく単なる「コード」にすぎないという現実を直視しない言説はすべて欺瞞だ! 言及が嬉しすぎてはしゃぎすぎました。
でもほんと、労働者としての肩書になにがしかを見出す態度全般に対して「まじで?」と思っているな〜
