シャーク鮫くんとLINEで話をしていて、僕はギャルソンを着るべきなのかもしれないなという気にさせられる。なんというか、もうこれは着る社交なんだなと納得させられた。奥さんと二人で揃えて、格好いい写真を撮ってもらったら楽しそうだ。とりあえず奥さんにはとても似合うだろう。奥さんはこの前髪を切って、とてもかわいくなった。何気なく横顔に目をやると、え、なにこのかわいいひと、と小さく驚くのがこの二、三日だ。いちど、この人の装いにはちゃめちゃに金かけてみたい、でもそのやり方が二人ともわからないんだよなーと長らく思っているので、服が好きな人とかにある種独善的なおせっかいを焼いてもらう機会はあったほうがいい。この魂に似合う形を指さして欲しい、これはたぶん、コーディネーターへの外注よりも友達の方がいい気がする。ことは魂の話だからだ。
きのうの友田さんと青木さんとのイベントについて数学の話がやはり思い出され、僕は、数式が図形やグラフを表現しているということがどうしても納得できなくて挫折した。いま思うと、もしかして数式とは空間を記述する「風景描写」なのではと感づいてはいるのだけれど。まだ腑に落ちてはいない。これはたぶん、僕が楽譜を読めないこととかとも通じる問題な気がしている。文字を読むときそこに音声が再生されるかどうかみたいな話で、たぶん僕は文字を文字としてしか見れていないというか、そこから音や景色を再生するというのがずいぶん難しい。まず文字は文字そのもののレイアウトとしてあり、そうした見たままの平面のレベルで、そこからあれこれ喚起するべきイメージを引き出し、さらにそれをレイアウトし直すという面倒に取り組むべきものであるかどうかの吟味がある。そんな気がする。
