2026.01.15

十二時くらいに両国国技館に到着。まずは反時計回りに一階を見て回る。グッズ売り場やお弁当屋さんが充実していてもう楽しい。横綱の名前を冠した弁当は、一周している間にもみるみる売り切れていくので面白かった。国技館じたい初めてだけれど、すり鉢状で傾斜の塩梅もちょうどよく、かなりいい箱に思える。初場所にお誘いいただいて、せっかく同じ料金なのだったらという貧乏性半分、未熟なものや途上のものを見ないと達成されたすごさに気がつけないという自分の鈍感さへの配慮半分で、なるべく早めに入ったのだけれど、じっさい序の口の取り組みは朝九時から始まっているらしく、もっと早く来ることさえできたのだと今になって驚く。

枡席に上着を置いて、二階の鮨屋で生ビールが買えると教えてもらう。弁当は幕の内弁当にして、有名な名物らしい焼き鳥ももちろん買う。さっそく乾杯しながら幕下の取り組みを眺めながらのんびり飲み食いを始める。自分らだけのスペースで、四人のところまだ自分含めて二人しか来ていないから、広々としていて、会場の入りとしても疎らで抜けがよい。気分がいい。

プロレスのようにゴングがないし、行司もよーいどんとか言うわけでもない。おそらく両方の力士の拳が土についたところで始まるのだけれど、両方の拳がつくまえにぱっと始まることもある。息が合ったら始まる、と教えてもらう。息が合うとはなんだ。きっと睨み合い、じりじりと焦らし、明らかに相手のペースを見出そうというような駆け引きにも見える。それでいて息を合わせないと始まらない。しかも、見ているとわかるのだが自分の取り組みのふたつ前くらいから、土俵の脇で力士は待機している。そんなに早く入場しちゃったら体が冷えちゃう! それに、始まる前から衆目に晒され、前の順番の取り組みを見ていたら、だんだん前日に考えておいた戦術だとか、相手の不得手や不意をつく作戦なんかも、緊張でとんでしまいそうではないか。もっと直前までウォームアップなり、集中させてやるなりすればいいのに、しかもあんな、お客さんと同じような薄い座布団に巨体を任せてお尻だって痛かろう。そんな疑問をぶつけると、十両だったか幕内になると専用の座布団を使わせてもらえるらしく、しかもそれはふっかふかだそうだ。幕下は無給だというし、過酷な下積みなのだ。そんな幕下の取り組みは、それこそぱっと組み合った瞬間には決しているような、ほとんどじゃんけんのようなものも浅い時間には多く、だからこそ相撲の勝敗というのがどういう形で決まるのかの単純な例としてわかりやすかった。力比べでとにかく押しきった方が勝つと考えていたけれど、そうでもなく、押すには重心を低くして突き上げるようにするのが良さそうだけれど、そうして相手に体重を預けるといなされたらすぐにぺちゃっと手をついてしまうし、躱されたらつんのめってこれまた倒れてしまう。投げようにもまわしを掴もうとするさいには軸足どちらかが浮いたり軽くなるわけで、そこをとらえて押されちゃってはひとたまりもない。仕掛けるとはつまり隙ができるということであり、しかし仕掛けなければいいようにされてあっさり負ける。なるほどなあ。樋口みたいなプロレスラー体型の力士もいる。何人かはそのままプロレスっぽいというかレスリングっぽい間合いの取り方で、組むまでじりじりするような取り組みもあって、これは知っている味だ!とはしゃぐ。しかし土俵脇で座って待機して、始まる時も息を合わせるまでのお互いのリズムの主導権をめぐる攻防があり、始まってしまえばほんの一分足らずの戦いだ。集中力のピークを取組に持ってくるための技術と鍛錬ってどうやるんだろうな。

十両の取り組みが始まるとだんだんと数十秒のうちに展開が二、三あるようになる。あの数十秒は熟練の力士らにとってはどれほどの長さに感じられているだろうか。同じ数十秒でもあきらかに密度と濃度がちがうとわかる。幕内というのは十両からそう呼ぶんだったか、とにかくメインになってくると土俵の上の屋根の上から満員御礼の垂れ幕がさがってくるので景気がいい。ここらではもうじっさいほとんど席は埋まっている。だんだん活気づいてきてわいわいがやがやお喋りもあれば、応援や歓声もたくさんある。ちらっと見たことのある中継だとこの声が聞こえない。だから厳かな感じというか、ぴりっとしたイメージがつよかったけれど、こんなに自由で賑々しいのか、楽しい場所だというのは嬉しい意想外だった。さらには一口七万だという懸賞金を出す企業の垂れ幕が土俵をまわる。このあいだに塩撒いたりタオルで体を拭くルーティンが終わっていたりするから、体感としてはむしろあっさり始まる。しかしこのなかで集中を練り上げなければいけないんだから大変そうだ。それはそれとして広告の幕がNHKに映るんだ、それで七万なら安いよなあと感心する。テレビのカメラはこちらが陣取っている向の枡席と相対する正面の同じくらいの高さに構えられていて、だから写り込みはなさそうだ。せっかくなら派手な色を着てくればよかったかもと思ったが杞憂だった。このあたりの力士たちには専用のふかふかの座布団が出てきて、手伝いの役の人がせっせと取り替えていく。ベテランの座布団はへたってるのがステータスらしい。古びていても発色が鮮やかだ。ふかふかの大きい座布団は二つ折りにして使うみたいだった。座り心地はどうなんだろう。ああいうでかい座布団はいいなあ。

行司の身のこなしも見事で、そもそも巨体がふたつもあるから土俵がすごく小さく見える。その狭い空間で邪魔にならないようにレフェリングしなくてはいけない。掛け声は行司にも上がる。アクスタも発売されているらしいが納得だ。そのアクスタがあればどこでも取組が成立するではないか。琴栄峰の四股がきれいなんですよ、と教えてもらうとほんとうに見事な四股だったり、藤ノ川は主人公みたいな相撲をするし、正代はフィジカルモンスターなのに気が弱い、と説明されたらあまりにその通りのキャラクタが見えるような取組だったり、とにかく連れて来てくださった方のちょっとした一言がすごく目を活性化させてくれる。それに、今日まで本田受信料さんのポッドキャストも聴いていたから昨日までの文脈も頭にそこそこ入っていて、そうやって親切な人たちのちょっとしたお世話で目が励まされている状態というのが僕はかなり好きだった。ダメもとで贔屓の出待ちをしてくるといって去り際、次に出る琴櫻はですね、おっぱいが、へん!とのことで、もうおっぱいしか見れなかった。でも、琴櫻の相撲はけっこう好きだったな。横綱大の里の取り組みは、隆の勝が勝ったと思ったし、会場もどよめいていたけれど、物言いもつかない。なんだよ、と釈然としなかったけれど、打ち上げのちゃんこ屋で映像を見返していると、あきらかに隆の勝のほうが先に手をついていて、ははあ、と感心した。

帰宅してNHKの中継の録画を見てみると、企業の垂れ幕が練り歩くところは若い親方のインタビューで埋められていてほとんど映らなかった。なんだ、そうなのか。お土産の焼き鳥を奥さんとぱくつきながら、これがよかった、これも面白かった、とテレビ画面を指さしながら話していたら夜更かしになった。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。