昨日も今日も日中はどうにも動けず。本田受信料さんが「大相撲受信中」でこの日記やポイエティークRADIO に応答してくれているのを聴く。ポッドキャストでしっかり返答いただけるの、往復書簡みたいですごく嬉しいな。こちらの番組は今週三時間もあって、相撲の話は頭の小一時間だけだからそれ以降は聞かなくてもいいのに、しっかり聞いてくれていることが終盤のお便り対応で参照してもらっていることでわかり、流石だなと舌を巻く。「宇良を嫌いな大相撲ファンはいない」。やや元気が出るが、体調は依然冴えず、諦めて昼寝をしたらそこからは快調だった。諦めて寝るのは大事。
原稿を二本納品してゲラを一本返す。原稿の一つは文字数の都合で修正依頼があり、かつそれが的確だったのでさくっと直して再度納品。今月は非常に珍しく複数の締め切りが並走する事態で気分はもう売れっ子だったが、手を離れるのもほぼ同時で、一気にふだんのなにもなさに戻る。なにもないのはそれはそれで寂しい気もするけれど、こうしてあれこれと異なる原稿のことを考えながらいつまでも休まらないというのは大変だろうと素朴に思う。ここにいくらか登壇や録音のお呼ばれもあって、その準備もあるわけだし、しかしそうやってそこそこ忙しく頭を切り替えるのは若返りの効能もなくはなさそうで、さっぱりした気持ちで読み始めたマクルーハンの『メディア論』は味見のつもりがすんなりと読書会の範囲の大半をさらうことができたし、ルドンと遊びながら久しぶりに開いた『割れたグラス』もするすると読まれた。ルドンは暖房の効いた二階にいればいいものを、階下で物音がするとすぐにおりていこうとするから、下は寒いよこっちにいな、と声をかける。今日は珍しく話しかけるとちゃんとこっちを向いて目を合わせてくれる。ふだんは名前を呼んでも耳をぴくりと動かすことさえなく知らん顔しているくせに。こっちあったかいよ、おいでー、と声をかけながら、どちらにせよ人語をそこまで理解するとは思えない獣相手に話しかける奇妙さは、むしろこうしてなにかしら反応がある方が強まる気がする。膝をぽんぽんと叩いて示すとくるる、と返事をしてとことこやってきて乗ってくれるのだから、じっさいまったく意思の疎通ができないというわけでもないのだろう。ね、あったかいでしょ、という間もなく、猫は溶けるように脱力して体重をヒトの太ももに委ね、ぷすーぷすーと寝息を立て始める。
