2021.07.08(2-p.150)

朝は明け方に目覚める。すこし眠気を手繰ろうとしたが引っかからないので諦めてすこしiPhoneをいじってネロ祭の周回をした。寝つきの悪い奥さんは寝顔もだいたいしわくちゃで苦しそうだが今朝は穏やかでつるんとしていたから起こさないようにじっとしていたら10時まで寝ていた。ずっと心拍数が多く、その忙しさで亀の水槽を洗いながら朝食の準備をしながらコーヒーを淹れながら顔を洗った。窓を開け放していたので洗面所とリビングを渡す廊下のドアがバタンと大きな音を立てて閉まった。『残響』を読んでいた。何度も便器に座り込む。じっと長い間座り込む。尻の穴が広がっていくのを感じ、やがて広がりきったのか何も感じなくなるまで座る。どれだけ穴を整えても、いまやガスなどが出るだけだ。動悸が治らないのでいっそベランダで縄跳びをして落ち着かせようとする。昼にカレーを温め直して食べていると喉にまであらゆる内臓が迫り上がってくるようでうまく飲み込めそうもない。奥さんと他愛もない話をしながら騙し騙し食べ終え、歯を磨き、ヘアバターで髪を整え、日焼け止めを兼ねたファンデーションで顔色を磨く。そう、磨いていく。重要な儀式に臨むための呪術的身振りのように、なるべく自分で自分を可愛くしていく。そうやって支度をし、はやめに家を出る。僕の顔は引き攣るような笑顔で固まっていて、肩も強張っている。あまりの状態に奥さんは笑って玄関で靴を履く僕をiPhoneで連写する。一枚見せてもらうとなるほど酷い姿態で、僕も笑って、それでなにかスコンと抜けた。歩きながらROTH BART BARON を聴いて、電車の中ではボブ・ディランで『試行錯誤に漂う』。だんだんと気持ちが整っていくのを他人事のように感じていた。

麹町でなく四ツ谷から歩いたのはその方がなんとなく土地勘があるからだったがもちろん二〇分近く早く着く。それも一〇分前の二〇分前だ。文藝春秋というのはその界隈に三つくらいビルがあって、なんなら喫茶室すら持っているようだった。四ツ谷側から歩いて行って右の坂を下るとギャラリーと併設しているのだかなんかの喫茶室があったので、僕はその中で話している人のうちスーツを着ている人はきっとみんな編集者で、そうでない人は作家なのだと思った。本館の正門は新館のビルの下を潜った先にあるようだった。ぽつぽつと雨。近くのドトールで最後のメモやノートの確認。もうなるようにしかならないし、とにかく汗がひかないことだけが気になるくらいになっている。むしろ、始まったら終わってしまうのだ、とこれは昨晩からの寂しさ、終わりの予感の方がどんどん強くなって、まだ始まっていないのにすでに未来を懐かしんでいる。あるいはいまこうしてアイスコーヒーでなくお腹を労るように珍しい注文の結果目の前にあるアイスティーを懐かしく思い出すようにして見ている。いつしか音楽はジャニス・ジョプリンに切り替えている。小学生の頃からずっと聴いている。歳をとるごとに声だけで泣きそうになるというか、胸の内側を直接掴まれるような気持ちになる。動悸はいまは治まっている。

一四時の約束の時間の五分前くらいに受付で名乗って、編集の方と直接お会いするのははじめてで、メールでのやりとりがいつも気遣いと敬意に満ちていて素敵な方だった。お会いしてその通りの印象を受ける。嬉しい。それこそプルーストとしては、非対面の時間に育んだ行為や憧れは必ず幻滅に終わるから。そうならないのが嬉しい。エレベーターに乗ってどこかに連れて行かれるが何階で降りたかすら思い出せない。菊池寛の肖像画と、知らないおじさんの肖像画がかけられている大きな会議室の入り口側の壁沿いに並べられた椅子に座ってしばらく呆然としているとたぶん僕も通ってきた廊下から聴き慣れた声がする。あ! と思う間もなく部屋に入っていらっしゃったのが保坂和志さんだった。アクリル板を挟んで向かい合う保坂さんはなんと『プルーストを読む生活』を取り出す。それもスピンが四つもついている! そこからの二時間弱はほんとうに、なんだったんだろう。なんだったんでしょうね。たぶん再来月くらいの皆さんの方がお詳しいんじゃないだろうか。

対談を終えた後に保坂さんは、若い人と喋るとぜんぜん喋ってくれないことも多いんだけどあなたはたくさん喋ってくれるから助かった、と褒めてもらえた。あれは呆れられたとかではなく、ちゃんと褒めてもらえたんだと思う。たぶん。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。