2021.07.09(2-p.150)

昨晩は日記の準備をしたあと、松井さんに突然電話をかけていいですかと連絡をして、お子さんの寝かしつけのあと対応してくれた松井さんはすでに保坂さんのツイートで事態をなんとなく把握されていて、これは確かに一人では抱えきれませんね、と優しかった。二人ですごい、すごいことですねえ……、と感慨にふけった。はじめはただただ祝福してくれていた松井さんはだんだん自分の出した本が保坂さんに読まれている、ということに自分のこととして感慨がやって来て、すごい、すごいことですねえ……、と呆けたように繰り返した。いやあ、楽しみ、ですねえ……、うわあ、すごいなあ……、ありがとう、ありがとう……、とたぶんいつまでだって言い合うことができた。

明けて今日は出勤。あんなすてきな日の翌日でもちゃんと平気な顔して賃労働するの偉いなあ、と思いつつOVER THE SUN を聴く。37回から。いよいよ追いついてしまう。ふとMステ理論について、そうだなあ、という実感がやってくる。もう人生であんな緊張することないな、と思う。

保坂さんは各SNS に

この本は、本を読むことが、学生後を生きるためにとても必要で、本を読むことが生きるための杖や糧や武器になること、それを続けるための力まない読み方の実践が書かれていて、今度小説的思考塾でも、学生後の本の読み方の話をしようかと思いながら帰宅した。

と書いてくださっていて奥さんはこれを読んでじんと来たと言った。僕も来た。本を読むことが、学生後を生きるためにとても必要で、本を読むことが生きるための杖や糧や武器になること、それを続けるための力まない読み方の実践を、続けていくぞ。

ここでなによりも大事なのは、力まない、ということだ。学生後は、体力も時間もそれらを捻出する気力もそんなに多くはない。僕の場合は学生前からずっとそうだけれど。昨日はめっちゃ力んだ。めっちゃ力みながら気の抜けたことを言い続けろ、と自分を励ましていた。もうあんなにたいへんなことはないだろうから、これからはより一層力まずにいられるだろう。保坂和志と対談するよりも力まずにはいられないことなどない。いまつい保坂さんでなく保坂和志と書いたが、やはりずっと保坂和志は保坂和志だったから、これからも僕にとって最大の位置を占める作家として言及するときは保坂和志と書くだろう。とはいえ自分のなかに、数時間分の保坂さんがあることに、いまだ信じられない思いだ。力まないとは、あらゆる権力だとか権威に対して「で?」とだけ返して済ますことなのだけれど、それは自分で憧れたりすごいなと思った相手にはしっかり懐いたり畏まったりすることとなんにも矛盾しない。権力を嫌うことと屈託のない憧憬がちゃんと矛盾なく同居しているところなんかも僕の中の保坂和志だ。

もうしばらくは昨日のことばかり反芻しながら暮らしていくことになるだろうし、だからこれからの毎日はいつも昨日のことを思い出すような一日になるだろう。『長い一日』で窓目くんが過ごす一日のように、一日の中には別の一日一日が当たり前に入り込んできていて、そうやってじつは大人になってからの方が一日というのは際限なくどこまでも広がっていくものなのかもしれない。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。