2021.07.12(2-p.150)

具合悪・スクリーム

という言葉が浮かんでツイートしかけてやめた。たぶん検索すれば何件も先人たちが引っかかるだろうからだ。しかし日記も駄洒落もべつに自分だけが思いつくようなことでなくてはいけないわけでもないし、そもそも自分にしか思いつかないことなどない。あったとしてもそれはそう簡単には言語化できないか、本人はできたつもりでいても伝わりはしないだろう。誰もが誰かが思いつきそうなことを思いつき、それをわざわざ形にした人のうち運だったりがいい人が独創的だと褒められもするだろうが、そこで褒められる独創とは、辞書通りの意味というよりも、思いつきをひとりでちゃんと形にまでしようと思った決意や一途さにこそ向けられているのだ。

夕方ごろから全部ダメになって、退勤してからは寝込んでいた。弟は発狂したキャメロン・ディアスを射殺する夢を見たと最近ツイートしていたが、似たような夢を見て──しかし具体的には何も覚えていない──息苦しいほど脈打つ心臓の動きに目が覚めてiPhoneを掴んでうわ言のように前の段落までの文章を書いてまた気絶するように眠った。

先日売る本の選別をしながら流していた『アーミー・オブ・ザ・デッド』はそこそこだったが、そこに出ていたティグ・ノタロという格好いい人に一目惚れしたので日中はAmazonオリジナルの『One Mississippi』という、邦題の副題が最悪なドラマシリーズを観ていた。僕はずいぶんティグ・ノタロが好きなようだ。口が悪くて、所作がワルっぽくて、ユーモアがある人を僕はすぐに好きになってしまう。僕もこう言う大人になりたかったな、と思う。鼻が低くて顎が尖ってないから無理だ。こういうことは思春期の頃から繰り返し思ってきた。しかし『Fleabag』といい、五、六年前のAmazon オリジナルドラマにこんなにいい作品があったなんて。その頃の自分はけっこう賃労働に侵食されていて、新しいものに対してまったく興味が持てなかった。だから2014年から2017年あたりに封切られた映画はいまだに新作のような感覚があるし、ドラマや漫画は未知だ。その頃の作品に触れて面白がれると生き損なった数年と遭遇し直せたような気持ちになるが、あらゆる作品との遭遇は遅延したものでしかありえない。

ポイエティークRADIO のTwitter アカウントのフォロワーは一日で七人にまで達した。録音でも話したけれど潜在的なフォロワーは15人くらいだから、初日にして全体の半分にまで届いたわけで、これはすごいことだ。ありがたい。これを書きながらティグ・ノタロのスタンダップ・コメディをNetflixで観ているが、スタンダップ・コメディってめちゃくちゃ格好いいな、と思う。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員。プルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、「家」の別のやり方を模索するZINE『ZINE アカミミ』などを制作。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。