演劇の二次創作性を前景化するものとしての2.5次元: MANKAI STAGE『A3!』~SUMMER 2019~

こんなもん読んでる暇があるなら今すぐ観てほしい。

A3!概要

 父親の立ち上げた劇団「MANKAIカンパニー」の借金をヤクザに脅されて肩代わりし、“監督”として劇団員集めから借金返済まで頑張るスマホゲーム、主に頑張るのは劇団員。メルヘンの春、コメディの夏、アクションの秋、シリアスの冬、計4組で構成されている、寮完備二食付きで劇団員は住み込み、給与体系不明。

夏単前夜

 きっかけは2020年夏、引きこもりが奨励されるなか娯楽を求めてU-NEXTのトライアル期間を満喫していた。2.5次元舞台作品を片っ端から観ていた中にあったのがMANKAI STAGE『A3!』、通称エーステだった。無料で観れたのは最初の2作、春夏と秋冬。

 当時の感想は1作目からヘアメイクの完成度が高い、曲が好き(メインテーマ:オーイシマサヨシお兄さん)、“.5の悪習”長過ぎるカテコがなくて挨拶まで役付き。悪く言えばぬるまったいご都合主義、良く言えばカロリー低くて胃に優しく気楽にリピれるシナリオ。演劇をやる演劇をしながら、作品としても劇中劇を必ず含むというやたらなメタ構造にちょっと面白いかも?位に思っていた。メインキャストが20人いる中過去に1作品でも観たことあるのは藤田玲、荒牧慶彦、植田圭輔、上田堪大のみ。(陳内将、宮崎湧は観てたけど認識してなかった)若い子ばっか知らん子ばっかだった。

 U-NEXTのトライアル期間を終え、もう観ることもないと思われた矢先に冬単の千秋楽配信があり、ちょうど期限切れ間近のpaypalのクーポンがあり、気も向いたので観る事にした。(4〜6月全公演中止→8月に東京公演のみ実施だったのでなかなかの巡り合わせだった) 受動喫煙させられてた配偶者はこの時点で「シトロン可愛い」「ビジンチャン……(東さん)」となってたが私は特に誰推しとかなかった、若い男の子を素直に可愛いと思えるようになって自分も年取ったな、みんな元気でかわいいねー、うっっすら三角ってアクロバットだけじゃなくてダンス上手い……⁇位。どちらかというと赤い緞帳はロマンだよねとか大好物のM0暗転が2回もあって嬉しい、客席降りとか別に好きじゃないけど今観ると切なくなる、とか劇場に対する欲求をまんべんなく満たしてくれることに助かっていた。

二次創作としての2.5次元

 「2次元の漫画・アニメ・ゲームを原作とする3次元の舞台コンテンツ」(一般社団法人 日本2.5次元ミュージカル協会 HPより)と定義されているので2.5次元舞台はすべからく二次創作だと言える。そして原作サイドの意向がどの程度反映されるかは作品や主催によってまちまち。これは原作物のアニメなんかも一緒だと思う、アニオリ回が微妙とかキャスティングが不満、作画……とかよくある話だし逆に週刊連載作品特有の早すぎるテンポがアニメの演出でぐっと良くなったりすることもある。

 個人の二次創作は時に原作改変もオリキャラ生み出すのも厭わない、またどれぐらい原作を絶対視するかも各々の匙加減だ。原作で描かれていないものを感じ取った人がそれを繋ぎ止めるために行ってる創作だから。自分が地雷少なめのふわっとした奴なので各自自衛しつつ楽しめばそれでいいと思ってる。ところが公式が絡むとなったらそうはいかない。限られた予算と時間を元手に原作・キャストのファンに対して満遍ない気配りとリスペクトを要求される。原作の文脈をどの程度踏まえるかやエピソードの取捨選択、原作でフォーカスされていないキャラクターの動きなんかも出てくるので一々キャラ解釈が発生する。

 夏単初見時点で私は原作を履修していなくて、だから松崎史也が解釈・演出して本田礼生の身体を通した斑鳩三角しか知らないで観たのだけど、夏単観るまではキャラクターコンテンツにありがちな人間性を剥奪された不思議ちゃん位に思っていた。男性・人類・劇団所属というルールで24人キャラクターを用意するにあたって配置されたアウトサイダー寄りのキャラクターでそこに必然性も深みもない、誰かにとっての推しになりうる要素の掛け算の計算結果でしかないように見えた。これは三角だけじゃなくて真澄(※1)とか誉(※2)なんかもそうで、キャラ紹介読んだ時点では苦笑いするしかないキャラがいくらでもいる。もちろんエピソードが付与されていくことで納得はするもののインパクト重視感が否めない。
※1:監督に一目惚れして雛鳥のごとくつきまとってくる面のいいストーカー
※2:自称天才芸術家の詩人、うるさくて脚が長い

二次創作×二次創作

 2.5次元が必ず二次創作だという話は上述の通りだけどそもそも演劇において演出も演じることも二次創作だ。テクストに書いてあることを舞台に展開したり役者が演じるにあたって発生する解釈は創造性を帯びることを避けられないし、身体表現として個々の身体を通過する時点で一次創作(テクスト)そのままではいられない。なので2.5次元では常に「原作に対する二次創作」×「身体表現の二次創作」が行われている。

 そしてエーステは脚本完成~千秋楽までを繰り返していく構成になっているのでキャラクター達が自分と分かちがたいものとして役を演じていく過程を見せることになる。当然そこにはキャラクターに対して役作りをしている役者もいて、そこに思いを馳せずにはいられない。スカイ船長役に向けて役作りをする斑鳩三角を観るとき松崎史也が解釈した斑鳩三角の役作りをする本田礼生のことを考えずにはいられない、というわけだ。

 で、ここがサビなのだけど松崎史也が解釈した斑鳩三角が私にとってはたまらない。うまく言えないけど「優しい虚無」って感じ。祖父以外誰にも顧みられずに育った子がたった一度遊んだ弟の笑顔をよすがに育ちました、さてどうなったでしょ~?に対する回答としてあまりにも優しくてびっくりする。ケアされたことがないから自分のつらいことは全部やり過ごしつつ天性の勘だけで他人のケアをする子が友情パワーで引っ張り上げられる話、初めて真剣に他人に歩み寄られて代わりに怒ったり泣いたりしてもらう話。そんでこれを心身共に再現できる役者と出会った奇跡ありがとう。MANKAIカンパニーいづみ監督の斑鳩三角が咲いてるかはわからんがエーステカンパニー松崎監督の本田礼生は咲いてる。
※A3では舞台で役者の才能が遺憾なく発揮されている様を”咲く””開花”と呼びます、MANKAI!
※松崎さんもコメンタリーで『本田礼生がこの世に存在していて良かった』って言ってて、ほんとそうなんですよね……って合掌した)

まとめ

 異能バトルものなんかは「非現実的な部分をどう表現するか」が見どころとして語られるけどエーステはそうじゃない。生身の人間が実現可能なことしか起きない話だからこそ、際立つキャラクターの非現実感と向き合う必要がある。非現実的なキャラクターがリアリティを獲得するために演出や役者が解釈を積み上げた結果として、舞台の幕が上がっている間だけ存在できる夢幻がある。

 キャラクターコンテンツで私が観たいのはキャラからのファンサとかじゃなくてキャラが存在できる空間なので、夏単の三角は百億点だった。みんな仲良しなのがいい三角、叱る三角、言語化下手三角、ダメなのに大丈夫って言う三角、大喜びする三角、全部存在したうえで最後は必ずハッピーエンドのエーステ、弱ってるときも弱ってない時もおすすめ。

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ごきげんなCTO 日記や「ポイエティークRADIO」に登場する「奥さん」。 「奥さん」という呼称は『クラゲが眠るまで』ではなく『小さなお茶会』から。 『ZINE アカミミ』の共同編集など。