「最近ね、日記を怪談のように書くことを試してみてるんですね。なんというか、実話怪談の文法を身につけようと思って。」
「でも、日記って毎日のことじゃないですか。毎日のことを、怪奇のように書くのって、無理ですよね。」
「そもそも実話怪談の文法も何も、じつはリーダビリティを高めるための配慮こそが大事で、つまり実話怪談に独自の話法とか考えている時点でダメなんじゃないかと思うんですよ。だってそうじゃないですか。実話怪談の読者は書き手の文彩とか文飾とかどうでもよくて、まずはそこに書かれる事実にこそ興味があるってのが前提じゃないですか。」
「だから、書き手の技巧が全面に出るようなものは創作で勝手にやればいいわけで、誰かの経験を語り直すという実話怪談においては、いかにその経験の質量を損ねずに伝えやすいものにするか、というのが第一なはずなんです。」
「そこには、他者の経験がかけがえのないものであるという敬意がある。そしてその経験を面白いものとして売り出せる確信も。」
「日々はね、面白くはないんですよ。だからそれをシンプルにわかりやすく伝えたとして、なんもおもしろくないですよ。特殊な、日常からの逸脱の経験だからこそ、シンプルな書き方に凄みがあるんです。毎日のことを淡々と記述しようにも、そんなに盛り上がりも勘所もないのが生活ってものなんで。」
「え? そうですね。もうやめるかもしれません。別のやり方を試してみるというか、十日くらいやってますからね。そろそろ潮時かもしれません。」
でもね──、柿内は困ったように笑った。
「そういうふうに思ってから、しばらくだらだら続けちゃってこそ、なんだか可怪しなところにまで脱線していけたりするんですよねえ。」
もう勝手にすればいい。