あなたの家の男たちはよく喋るねえ。
一泊の家族旅行を終えて奥さんはにこにことそう言った。そういう私もよく喋ってたし、ほかの人たちもそれぞれのパートナーと二人でいると饒舌だったからまあともかく誰も彼もおしゃべりが好きというか、似た者が集まってくるんだなあと思ったよ。これまで奥さんは夫の実家に行くタイミングでだいたい体調が悪く、気疲れ以前に最初から寝込んでいたりしたのだが、今回は体調はそんなに悪くなかったし、自分より緊張している人や、自分より後にやってきた人がのびのびしているのを見て、自分でも意外なくらい穏やかに楽しく過ごせたそうで、なによりだった。
行きの新幹線ではずっと実話怪談を読んでいた。退屈でありつつも集中力が細切れになりがちな長距離移動のお供として、実話怪談のフォーマットは適しているな、と改めて思う。
到着してすぐにブライアン・イーノ展。サウナのように俯いて一生懸命「理解」しようと堪えるようにじっとしている人の姿が可笑しくもつらくて面白かった。奥さんはブライアン・イーノをよく知らなかったが、うちの観葉植物がブライアン・イーノと名づけられたことを今になってすごく納得したとのこと。四角い光のやつ、あれ家に欲しいけどものすごい高価なんだろうな、とも。Tシャツと和菓子を買う。
京都駅のバスで混乱し、まったく見当違いの方向のバスに乗る。見当違いではあるが、最終的にみんなと合流する宿の方向ではあったので諦めてそのまま宿に直行することに。途中、楽しみにしていた非実用品店めだかを探すが、人の家しかなく、看板もない。たぶんここなんだけど、と勇気を出して呼び鈴を押すが留守。ホームページには営業日とあったんだけどな、とすごすご退散。あとでInstagramを見るとこの週末は吉田寮に出展とのこと。Instagramだったか。
宿は一棟借りの町屋で、冷房の効きを心配していたがしっかり涼しくて安心。八人全員集合ははじめてだし、夕食後に合流予定の一人ははじめましてだ。
予約してある中華料理店の住所を聞いただけで、京都に住んでいた午後さんはだいたいの場所を把握して地図も見ずに先導する。土地勘があるってかっこいい。
僕はずっとゾンビと怪談の話をしていた。わりあいウケが良くて、夜更けまで全員でムーのような話を続けていたので楽しい。
寝坊しても朝食はとてもおいしい。二度寝。すごい雨だ。
チェックアウト後雨の中で途方に暮れるわけにもいかないので、近場のホテルのランチビュッフェの席を確保して千本通を歩いていく。おいしくはないが朝食食べてすぐなので問題はない。コーヒーをおかわりし続けて、だらだらとおしゃべり。家族でSwitchのゲーム遊び放題のプランに入ってオンライン対戦なんかをしようよということになってあれよあれよと契約。その場で割り勘してお金をもらう。このままDiscordのサーバも作るかという話も出て、いよいよDiscordをゲームのために使う日が来るのだろうか。プレステ一筋で任天堂に育てられていない奥さんは、とうとう任天堂の「みんなで仲良く」みたいな設計思想に屈してしまうのだろうか、と苦い顔をしていた。
雨あがる。じゃあぼちぼち解散かな、ということでホテルの前でそれぞればらける。両親は妹一家と鴨川あたりを散歩して、四葉のクローバーを見つけたとのことだ。僕たちは午後さんたちと、大学時代に通っていたというカライモブックスに連れてってもらう。当時から場所は移転しているとのことだが、ここでもまた地図もほとんど見ずに迷いなく住宅地をすいすい縫っていくからすごい。たいへん良い本屋で、小一時間は棚の前を行ったり来たりしていた。そのあいだ何度も強い雨音が高い天井を響かせ、またしんとした。控えめなボリュームでかかっていた音楽もいちいち格好良かった。水俣の本がとても充実している。東京だと模索舎を彷彿とさせる品揃えで、じっさいあとに午後さんと店主さんとの会話の中に出てきてた。もうこれはここで買うっきゃないなという気持ちで『苦海浄土』を買う。池澤夏樹の全集版だから三部作が全部入ってるやつ。レジのところに「超おすすめ!」というポップとともにあり、買うときも店主は嬉しそうに「これは、超おすすめですよ」と言っていた。「これは読んでないけどすごいいいってよく聞きます」と言ってもらえたのは『プシコ ナウティカ』。昨晩の会話の記憶から『スポーツがつくったアジア』という本にも惹かれた。副題は「筋肉的キリスト教の世界的拡張と創造される近代アジア」。昨晩はゾンビから読み解く帝国主義、心霊とナショナリズム、筋トレによる自己変革の愉快さ、キリスト教の信仰の話、などを話していたのだった。奥さんが、ミジンコの本だよ、と見つけてきた『ミジンコの都合』という本がすごい。ためしに開いてみると
日高 淡水魚とのつきあいはもう長いんでしょう?
坂田 まあ、そうなんですがね。じつは、うちで魚を飼うのはやめようと思ってたんです。どんな結果になるか眼に見えてますから。(笑)ところが、子どもが夜店で金魚をすくってきて、そいつを水槽で飼いはじめたら、案の定、ひどいことになっちゃった。
日高 ふふ、よくある話だね。子どもをだしにして……。
坂田 まず金魚でしょ。ザリガニ捕ってくるでしょ。どうせならコイもいたほうがいいと、こんどは自分で買ってきた。それを六〇センチの水槽にいれておいたら、育ちに育って、あるとき目の前でぷかっと浮いちゃったんです。なんで死んだのかわからない。でも、さっきまで生きてたんだから大丈夫だろうってんで、煮て食っちゃった。(笑)
日高敏隆・坂田明『ミジンコの都合』(晶文社) p.10
なんだこれ最高すぎる、と購入を即決。いま引用するために開き、概要を見ると「動物行動学者とジャズマン。二人の奇才が生きものとつきあうヨロコビをとっぷりと語りあった」とある。ミジンコの本ですらない! そんなことすら確認しないで本というのは買うものなのだ。
午後さんたちとも別れ、バスで南下。ミミズクヤで手ぬぐいを買って、市役所まであるいて、途中の謎の商業施設で涼む。南森町さんに教えてもらったサロン・ド・テ エム・エス・アッシュでケーキを食べる。ソレイユ、フロマージュ、タルトタタン。たいへん美味しい。
今後の作戦会議の結果、暑くて荷物も多くてこれ以上深追いしないでおこうと決めて、京都駅に。みどりの窓口で新幹線の時間を前倒しにしてもらう。
東京駅に着く直前、到着したら脇目も降らずダッシュすれば八重洲のエリック・サウスのラストオーダーに間に合う、と奥さんは真剣な顔で言う。もともとスパイスカレーを食べたいが京都で食べると時間が微妙だからさっさと東京に戻ってしまってしまおうと言っていたのだが、僕が調べていたのは平日の時間で土日は早仕舞いらしい。いつも迷う東京の地下を必死に早歩きして、ラストオーダーギリギリに駆け込む。カレーやビリヤニをそれぞれ掻き込むようにして食べて、たいへん美味しい。満足と達成感がすごい。ふたりして晴れやかな顔でお互いの健闘を讃えあい、あっという間だった短い旅行を振り返る。奥さんが男たちのおしゃべり好きを愉快そうに指摘したのはこの時だ。
帰宅してすぐシャワー。寝る前にちゃんと録音と配信までしてえらかった。
そして今日。こうして週末のことを思い出しながらしっかり疲れの残った体を引きずっている。作業中は『ジェーン・ドゥの解剖』と『トレマーズ』を流していて、どちらもたいへん面白かった。
