2023.03.31

来週のトークも即売会もお呼ばれしたからには主催者側に来てもらえてよかったと思ってもらいたい。イベントの告知や自主制作本の営業のために意識的にSNS でむだなことを書くようにしているのだけど、言いっぱなしてタイムラインは見ないでいるとそこまでぐったりしなくていい。むだなこと書いてなんか効果があるかはさっぱりわからないけど、ただ宣伝だけをしていても面白くないし、ふとなにかが気になって告知まで見てもらえるというのが理想的だろう。人に知ってもらうというのは色々とやりようがあるのだろうけれど、僕は網漁のようにさらってくるようなのはできなくて、無為に釣り糸を垂らしておくような愚鈍な方法しかとれない。

久しぶりに『プルーストを読む生活』のツイートもしようと思ってあれこれ書いてみる。「役にも立たなければ、読んだ端から忘れていくので物知りにもならない、ただ嬉しさだけがある読書」っていいな。自分で書いたんだけど。僕が読書の楽しさや嬉しさを感じて夢中でおしゃべりをするときって、はたから見るとこむずかしい本をいかめしい言葉で語っているようで、それはどこか知識や能力をいやみに誇示するようなふうに捉えられることもなくはないのかもしれない。でも実際はぶざまを晒してはしゃいでるだけだ。楽しさや嬉しさにはしゃぐのって、わかりやすく「うひょー!」って飛び跳ねるだけじゃなくて、言葉という道具のあたらしい使用法を覚えてしずかに興奮しているみたいなのもあって、覚えたての技をとにかく使ってみたいという素朴なわくわくだ。

もうずいぶん長い間そうではないかと思ってはいた。やはりパキラは根腐れしてしまったようで、幹までブヨブヨになってしまった。冬に植え替えたのがよくなかったのだろうか。水やりの頻度は気をつけていたつもりだったけれど──じっさい買ってから二度くらいだ──それでも多かったのだろうか。明らかにきのうよかれと思ってすこし風に当ててみようとベランダに出して、そのまま忘れていて暗くなるまでのざらしにしたのがとどめを刺した。ぐったりと項垂れ、緩慢な死を進んでいる。落ち込む。僕はサボテンも枯らして陥没した頭蓋骨みたいにしてしまうし、もう植物とは縁を切ったほうがいいのかもしれない。でも、僕は植物が好き。あまりも有害な片思い。

そろそろ対面で会うことの大事さを思い出してもいい頃かもしれない。名刺ってあったほうがいいのかなという気持ちがやってきた。配りたいという一心で人に会いに行くというのもいい本末転倒になるのではないか。僕は本末転倒がけっこう好きだ。道のりの楽しさが目的地に勝ってしまうことの愉快さ。きょうはさすがに間に合わず、そのまま向かって上野でたのしくお話する。本の話、読書の話はいつだって楽しい。

配信が今日までというツイートを見て、あわてて「ユーリー・ノルシュタイン傑作選」を再生する。兎と狐の天丼のやつと、有名なハリネズミのやつが楽しかった。大事なものを置き忘れてしまった時の胃がヒュッとなる感じがとてもよくわかって、悲しくて笑ってしまう。犬ありがとう。「話の話」は圧巻なのだけど、よくわからないところも多いので解説などを探して読みたい。オオカミが焼いたじゃがいもをアチアチふぅふぅしながら食べるところがすごくよかった。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。