晴れてよかった。妹が洗礼を受けた教会で結婚式を挙げる。奥さんはこの日のために服を選び、髪型を試し、肌のケアに勤しんでいたけれど、熱を出して参列は叶わなかった。とっても行きたかった、とお伝えください。すこし熱は落ち着いてきていて、玄関までお見送りに来てくれる。式次第によると、ほんの二言だけ僕にも台詞があるから、滑舌と発声練習を欠かさないできた。電車のなかでも口のなかで舌を上下左右にめいっぱい伸ばしてほぐす。
駅前のラーメン屋でお昼。スーツを汚さないようにコートも脱がずにささっと済ます。奥さんの好きな音楽が流れていた。控え室には弟たちがいちばんのり。新郎の両親がやってきて、最後に両親が到着し、とうとう妹たちもやってくる。黒で統一したタキシードはとてもシックで、ウェディングドレスのたっぷりの布が華やかだ。みんなで一緒に写真を撮る。ぼんやりしたリハーサルののち、ぬるっと開場。段取りもよくわからないが、なんとかなるのだろうという感じだけがある。場当たりもゲネプロもなしに本番で、なんとかなってしまうことの多さにいつも驚く。この世に稽古や準備の機会というのはそんなに多くはない。過剰に本番だけがある。神父は新郎と同郷らしく、いくつかの段取りを飛ばしかけた。とうとう花嫁の名前でつかえてしまう。ええと、失礼。どうも日本語は難しいですね。私は、あなた、花婿とおなじ土地の出身です。これから、しばらくあなたと、あなたのお父さんとお母さんのくにの言葉で話します。それは私のくにでもあります。そう言ってから、それまで式次第に目を落としたまま朴訥と話す様子から打って変わって、自信に満ちた声で神父は語りだす。目には力強い光が宿り、胸を張ったその姿には言葉のわからないこちらにも伝わるだけのなにものかがあり、意味が伝わらないぶんその声に込められた確信や、所作の余裕に蓄えられたユーモアが迫り出してくる。
新郎よ。あなたはいまこうして神の前で結婚の誓いを立てている。ヒューマニティの次元、人生の次元において、共に暮らしていくというのは、あれをしてはいけない、望ましいのはこうあること、と個人と個人が自らの手で決め事をつくりだし、それを守っていくことを意味します。とても大事なこと。けれども、それだけでは足りない部分がある。いささか言葉遊びじみていますが、人生とは別に神聖の次元というのがある。神聖の次元を、人生の次元にあるわれわれが理解することはできません。神のおぼしめしはわからないものです。このわからなさとの距離は埋まらない。いや、人生と神聖との距離はわからなさで満たされているといったほうがいいだろうか。たぶん私はこんなことを言ってなくて、あなたの義兄が異国の言葉から勝手に想像し、それ以上に、このあと私が日本語で語り直した内容についての曖昧な記憶から半ばでっちあげたものですが、まあいいでしょう。私たちは、わからない部分を、どこかで他者に託す必要がある。われわれにとって、それはイエスさまですね。あなたが生まれ育った土地で、いま私たちが使っているこの言葉でだけで夢見ていた時、この土地で、このような方と結婚することなんて思いもしなかったでしょう? これは奇跡なんです。これが神のみわざでなくてなんでしょう。ヒューマニティの次元において、私はこの教会にはなんの義理もない。私はね、あなたが私と同じ土地に生まれ、同じ土地に移り住み、そこで花嫁を見出したこと、そのことがとても嬉しいのです。だからあなたとここにいる。この土地で神父となり、この土地の言葉で私は説教をしてきた。私とあなた、あなたの両親の土地の言葉でこうして説教をするというのは、私にとってもはじめてのことなんですよ。あなたたちの結婚は、ヒューマニティの次元に留まらない、きょうこの日、神に祝福される結婚です。あなたたちの結婚を支えるこの神聖の次元を、私たちはとうとう理解することはできないでしょう。そのわからなさこそが、あなたたちのこれからの道程に付き添ってくれるなによりの友なのです。
おそらくほとんどこうは言っていないであろう、そもそも聞いている最中はまったく意味のわからなかった神父の言葉の発される具合になんだかすごく感動していた。そして上のような語りとして記憶された。たぶん似たようなことを日本語で補足してくれていたはずなのだが、いま思い出すのはかれの生まれ育った土地の言葉で演じられた声と身振りだ。
式の後も参列者への挨拶でずいぶん長い時間ふたりは外で応対をしていて、明るい。その友人たちもほがらかで、スコンと晴れた空に似合っていた。ケラケラと笑い声が絶えない。嬉しいね。
ディナーの時間までてきとうなカフェで休み、ホテルで豪勢なご飯をお腹いっぱい食べた。どれも一口一口に目が覚めるような料理で、ああ、奥さんにも食べてもらいたかった、と思う。僕の愛は家で臥せっている。可哀想だから撮った写真をその場ですぐ共有していたら、ううううう、と連絡が来る。また熱あがっちゃった? と心配になる。でもすぐさま、美味そうなもん食ってんなーーー、そして、うらめしい、と続く。そりゃそうか。二つの家族は言葉が通じないから、代わりに贈り物をたくさん交換した。あなたたちと共にあれて嬉しい、それだけを何度も何度も繰り返す。
帰宅してわが愛に体調を尋ねる。よくはない、しかし、美味しいご飯を食べてきたものを妬み嫉む元気だけはある。愛は、そう応えた。健やかなときはともかく、病んでいるときは分かち合えないこともある。僕の愛は食い意地が張っている。すごく可愛い。