昨晩の地震はお風呂の中で、子供のころ体全体で浴槽の水を左右に揺らしてざっぷんざっぷん波立てて遊んだことを思い出した。お湯が勿体無いと叱られた。とにかく怖かった。服というのはいろいろなものを守っているのだな、と思う。昼前まで寝る。奥さんがふざけて、もう11時だよッと手に持っていた携帯をマットレスの上にトスッと叩きつけるので、起きた。同居人がチョコレートをくれる。西淑さんのやつだ! 僕たちからは二人からということで昨日表参道で買ったブボのタブレットを献上。
朝食の後に録音して、それからだらだらと過ごす。『Fate EXTRA』は三回戦に入った。ここまでやるだけでも『Last Encore』の印象がずいぶん変わるものだった。このままずっと家でだらだらするのもね、ということで、色々と協議したが、とにかく昼飯を食べにいきましょう、それだけのために電車乗るのもアレだから、奥さんのデスクワークを快適にするためにゲーミングチェアとか見に行こう、と秋葉原まで出てロイヤルホストで肉を食べ、パフェを頼んだ。パフェは美味しくて、パフェは美味しい、と嬉しくなった。周りから聞こえてくる話題が、SE あるあるを交えた愚痴、clubhouse へのディス、推しのゲームの新作を楽しみにしていること、となんだか秋葉原っぽくて、ファミレスの会話にすら滲み出る街の色というのがあるな、と久しぶりに思い至る。
それで、界隈のお店をいくつか周って試座を繰り返すのについていった。奥さんは椅子を真剣に選び出して初めて、じぶんの身長が低いことでつねに社会から提供されるものが不便であるということ、自分にフィットするサイズ感のものが少ないことに改めて気がつかされたと何度も言っていて、そもそも足が地面につかなかったりする。でも最初に見たものがわりといい感じで、すこし希望が見えたが、そもそもあんなに大きくて特に格好良くないものを家に置きたくないかも、となって結局購入は見送られた。その道中、僕はとらのあなの前を通った時、あ、とらのあなだ、ワダアルコ先生の同人誌、あるかな……、と思わず呟いて、ふらふらと吸い寄せられていった。人生で初めてのとらのあな入店だった。僕のような九〇年代に生まれゼロ年代を地方都市で過ごしたものにとって、オタク文化というのは運動部に入らなかったものたちの一個の受け皿というかコミュニティとして機能していたが、僕はそこに馴染めなかった。いまもそうといえばそうで、あの戯画化された「女体」──なんて言葉だ──を楽しむという感じがどうも苦手だ。とにかくそんな風だったから、実は体育会系に対するヘイトよりも、オタク文化に対するヘイトの方が強い気もする。とらのあなの店内のポスターの数々に、僕は怖さすら感じる。片耳にピアス二〇個つけてたり、半袖着てても長袖みたいな腕をした人たちがいるようなお店で、感じる人は感じるであろう威圧感みたいなものを僕は秋葉原のこういうお店でいちばん感じる。それで、うぶな少年が決死の覚悟で雑居ビルの奥の暗いお店に入っていくような気持ちで、緊張しながら狭い階段を上っていった。そこには、文字通りの薄い本がたくさん並んでいた。僕は思えば同人誌というのは文フリでしか買ったことがない。こういう文字通りの薄い本は初めてだった。探し方もよくわからないまま探すと「FateGO/MEMO」が積まれているのが見つかった。シリーズで五冊も出ていて、全部いきなり買うのはちがうから、とりあえずネロちゃまの表紙の二冊を選んでレジに持って行った。会計でこんなにどきどきしたのはいつぶりだろう。なんか、僕はいま、運動に対する呪いの次に解くべきだった、オタク文化に対する呪いを、自分で解いた気がするよ、と奥さんに感慨深げに漏らす僕に、奥さんは、よかったね、と応えたのだったか。推しというのは人生の新しい側面を切り開いていくのだな、と思う。
奥さんも探している雑誌があって、アニメイトや書泉グランデに見に行ったのだけど見つからず、椅子も雑誌も買えないまま僕だけが満足していて、奥さんは冗談まじりに、あなたはいいなあ欲望を持ちそれが充たされて、と僕に罪悪感を植え付けようとしてくる。帰りしな近所の本屋で立ち読みしてオードリー若林と國分功一郎の対談が面白そうだったので『文學界』を買ったのも拍車をかけた。また欲しいもの買えてる! いいなあ!
帰ってさっそくワダアルコ先生の画集を開封すると奥さんが入ってくる。あ、エロ本読んでる、と奥さんがからかうので、ちょっとノックしてよ、と返す。そもそも奥さんの部屋でもあるのだからノックなんかするわけがない。エロ本でもない。それで一緒に眺めて、かわいいね、このイベントはあなたが始める前のものだね、もう全部ワダアルコ先生が描いてくれたらいいのにね、などと言い合いながら楽しむ。わかってはいたが表紙に描かれているからって中にもいるとは限らなくて、むしろ表紙に描いたからこそもうそれでよしとすることも多いだろう。どうせ残りの三冊も近いうちに買うのだろうから、いいのだけど。
夕飯を食べていると奥さんが終了した。私はクソザコナメクジ、とうわごとのように繰り返す。今日明日の気圧グラフは、穏やかに過ごせると思うなよ、と言っているかのような下がりっぷりで、奥さんの自律神経はもう限界だった。ハーブティーでも飲む? と訊く。先日奥さんは鍼灸の帰りに、鍼灸師の人に教えてもらったお店でハーブティーを処方してもらっていた。主訴は胃腸の弱りだったが、自律神経にも効くらしい。奥さんはしかし、地球相手にハーブティーごときでどうにかなるかよ、とやさぐれていた。もう何を言ってもだめだろう。
これを書いている間、奥さんは入念にストレッチを行ったり、ちゃんと地球に立ち向かっている。だからきっとこの日記を読む頃には、なんか私の情緒大丈夫? ていうかこうやって書かれるとこいつめちゃくちゃ荒んだやつみたいじゃない? と呆れることになるだろう。