2026.05.04

柏で一緒にビリヤニを食べてその流れで一緒にゆりかもめまで乗ったけれど奥さんは当日券でDDT後楽園大会のチケットを取った。ビックサイト駅のコンビニで発券するのを待って、ビックサイトと反対側に歩き出す。トイレに寄ったビルの中に丸善があり、ここにはやけに休憩できる椅子とテーブルが充実している。もうここでいいんじゃないかと思うほどお金を払わず屯できるスペースとしてよくできていて、平日はこの埋め立て地に勤める人びとのお弁当スポットなのだと思われる。

ミニストップでコーヒーを買ったら蓋がなくて強風に煽られてざっぷん波打つのにひやひやしながら進む羽目になった。けっきょく到着までに半量以上飲まなければ歩けなかったし、すごい勢いで冷めた。この連休はずっと風が強い。原っぱにあるベンチ席に鮫くんと丹渡さんがいて、脇に敷いてあるレジャーシートにRyotaさんがいる。すでにごきげんだ。千葉や関西の話をして、ニッケコルトンプラザの重要性を理解した気になる。会場が閉まる前にもちらほら人が集まり、奥さんは水道橋へと出発。撤収が終わった出展者も続々と原っぱにやってきてレジャーシートを拡張していく。陽射しと一緒に風も弱まっていく。仲西さんとお会いできて嬉しい。みーらさんにも再会できた。出前の主である関口さんもやってくるがだいたいシートに寝転がっていた気がする。おつかれさまだ。文フリで疲れた大人たちを尻目にいまだ元気いっぱいな子供がいて、大人三人から四人がかりでフリスビーの相手をするが、鬼コーチの千本ノックの様相でめちゃくちゃ走らされてひゃあひゃあ悲鳴を上げる。日が落ちるにつれ木の陰とフリスビーが同化してしまうので大人たちは見えない!と叫びながら当てずっぽうで追いかけることになった。

屋外だと声や熱気が籠もらないからいいし、こうして体を動かして談話から抜け出てもいいから気持ちがいい。いつもより会話を混ぜたり促したりという気遣いもせず、自分も気ままに振る舞うことにしてみる。屋内だと輪に入らないでいる人へのお節介が必要な気がするけれど、外だと好きに過ごしてほしいという放任の気分が増すらしい。それでよかったかはわからない。すっかり暗くなって、子供は朝から楽しみにしていた大戸屋に向かう。また遊んでねーと手を振る。大人たちと日記やエッセイの話をする。さらに人が増えて、でもこの原っぱはもうすぐ閉園のようだ。じっさいすぐに追い出された。流れで解散かなと思っていたら、結構な人数が残ってしまう。いいじゃん。花の広場の懐は広く、LOVEみたいな花のモニュメントによじのぼって写真を撮っている人や、ブランコ型のベンチをガタガタいわせるひとがいてもへっちゃら。缶ビールやホットスナックを囲んでわいわいやれる小上がりみたいなスペースまであって、ひとり完成した酔っ払いが、ごめんね、ごめん、最高だ、と空を仰ぎながら目を離すとすぐにコンビニに消え、お酒やお菓子をどんどん買ってきてくれる。こういう学生みたいな過ごし方を許容する場所がまだあったとは。埋め立て地というのは、人が住むような場所とは思えないからなんとなく軽蔑していたが人が過ごす場所としてはかなりいいのではないかと見直すばかり。ずっとビックサイトで開催だったらいいのにとさえ考える。へらへら過ごして二十二時に解散を宣言。帰るというと、さっきまでしっかり詩形について話し込んでいたはずの仲西さんが、かえる……? どこへ……?と急に何もわからなくなってしまう。反対方向の電車に乗り込んだ面々を、発車してからもホームを併走して追いかけてくる素敵な酔っ払いだ。今回は当日まで場所もろくに決めずにいるほどにラフでぐだぐだすることを許容する会だったけれど、いっそこのくらいがちょうどいいのかもなあとも思う。というかもうぜんぶが油断するとちゃんとしすぎる。ちゃんとちゃんとしないように気をつけないといけないのは、年齢なのか状況なのか、何によるものなのかきちんと見極めないといけない。ただへらへらふにゃふにゃしているだけの一日があると色々が緩んでくる。こういうのはひとりでも嫌な奴がいるとすぐだいなしになる。みなで気遣いとごきげんにあふれた時空間をつくれたこと、ありふれていつつ、毎度勇敢で困難なことだと毎回思う。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。