2022.03.09

「恋のヒメヒメぺったんこ」が頭の中で流れ続けている。振り付けもだいぶ覚えた。ペダステは箱根学園から始めて、インハイ一日目、インハイ二日目、それから初演という変則的な順番で観ていて、けれどもこの順番でよかった。初演はやっぱりまだ手探り感があるというか、演出の意図を腑に落とせている人とそうでない人、そもそも演出の要求に応えられるだけの技術が追いついていない人など、まちまちな感じで、これから観てここまで楽しんで観れていたかは微妙なところだった。僕はとにかくインハイ一日目のゼッケン芸が大好きで、けらけら笑いながら手を叩いて大喜びしていた。

今日は仕事の合間に進めていた日記の校正。奥さんが半分手伝ってくれた。なんとか終わって、赤字を反映させていく。いちど試作の入稿と入金を完了させて、ひと安心。週末には届く。まずは一冊。制作原価2500円。つくづく大量生産というのは単価を下げるのだと実感する。

日記を本にまとめるときにいつも思うのだけれど、僕はいつも同じようなことばかり繰り返している。たぶんまじめに日々の発言と気圧や気温のグラフを作成してみたら、一年のサイクルでかなりの程度正確に同じようなことを繰り返していることがわかるだろう。基本的にいつも具合が悪いというようなことを繰り返し書いているので、この人大丈夫かな、と心配になる。たぶんこれも、毎回日記の構成をするときに書いていることだ。とはいえ一年半くらいまえの僕はほんとうにつらそうだ。かわいそうになってくる。ここ一ヶ月くらいの僕もかなりつらそうなのだが、このころの自分よりはマシというような気持ちになってくる。日記を残しておいて、あとでまとめるという作業はアルバム作りとも似ている。ああ、こんなこともあったなあ、とか、え、これどこで何してた時のもの? と戸惑ったりとか、積み重なったものはなんであれ質量となる。本にする場合は厚みとなる。今の僕のように、毎日は無為に過ぎていき停滞しているように感じたりもするが、とりあえず書けば書いただけ厚くなる。面白いものだな、と思う。毎日を過ごしている間は正直変わりばえのない日々だと感じながら書いていても、後で読み返すとしっかり何かが積み重なっているように見えたりもするのだ。変なの。

自分の日記を読み返しているうちに、もっと書かなくちゃなという気持ちが湧いてくる。この頃の僕は書けない読めないとぼやきつつもなんだかんだ結構読んでいるし書いているのだ。今の僕の方がずっっと読めていないし書けていない。この数週間も、後で読み返すときには結構読めてるし書けてるじゃん、と感じるのだろうか。今回ばかりは、そうでもない気がするんだよなあ。というこれもまた、毎回思っていることなのだけど。一日として同じ日はない、というあまりに当然のことすらなんだか忘れてしまうようで、日記を読み返すと、確かに全部ちがう日だなあということと、とはいえ同じような日ばかりだということがよくわかる。同じようなことの繰り返しでも全く同じということはなく、その微妙な差異が積もり積もっていつのまにか見知らぬところにまで辿り着いていたりもするのだ。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。