この数ヶ月視力の低下が無視できなくなってきて、眼鏡の度数を変えた。世界ってこんなに輪郭がくっきりしてたのか。
子供のころからフィルム時代の映画に親しんで、ざらついた肌理こそが「ほんとう」で、4Kテレビのようにぱっきりとものの輪郭が際立つ映像を嘘くさいと感じてきた。こうして視力が適正に矯正されると、あのうさんくさいほどに明快な画面はたしかにリアルへ迫る試みではあったのだなと一応の納得をする。
いま僕の眼前に広がるあらゆるものが明確な外縁を主張する様子を見て、まるで高級な薄型テレビのようだ、と考えてしまう僕のほうが映像機器よりもよっぽどバーチャルな位相で生きている。
この三年弱、一メートル以上はなれたところに焦点を合わせる時間がめっきり減った。久しぶりに意識して遠くを眺めて気がついた。外に出ても本を読んだり液晶を見たりしていて、手ぶらで視線を遠くに放るということをしなくなっている。それでは視力も衰えるわけだ。単純に加齢だけのせいではない。
あれこれと忙しい労働日で、否応なくやることがあればやる気というのは出るもので、やる気を出さないとやることがつくりだせないような職務にいると、やる気がないまま何もしないで済ませることができる場面も多く、しかしそれは結局だらだらと体感時間を引き伸ばすだけなような気もする。適度に忙しくしたいのだが、それはほんとうに難しいことだ。
