2023.03.14

『変革する文体』がとにかく面白い。徳富蘇峰という、現代の読者からすると保守言論のやばいひとくらいのイメージしかない人物の、初期の仕事を追うことで見えてくるまったくべつの相貌。自由貿易とキリスト教を平和実現の鍵と捉え、軍拡よりも生産力の増大をこそ重視し、貴族社会から平民社会への移行を説くことから蘇峰のキャリアは始まった。当時まだ新規な語彙であった「愛」を連発し、平民に奉仕することこそ知識人の責務なのだと熱く語るその文体もまた、欧文直訳体というまったくあたらしいものであった。それはどんな文体だったのかというと、無生物主語が動作主体として扱われるようなもので、いまからすると特段めずらしくもないが、はじめてその文体に触れた者たちは鮮烈さに打たれたり憤慨したという。現代でいうと松岡正剛のカタカナ語の連打みたいなものだったんじゃないだろうかと思う。文体の問題というのは、単なる趣味嗜好に留まることがない。たとえば蘇峰じしんも素養を培っていた漢学の文体というのは儒学の思想を色濃く引き連れている。いかめしい漢語は、「慷慨」の文であり、要するに義憤に駆られた重厚な言葉遣いではっきりと友敵を区別して前者を鼓舞し後者を攻め立てる。これに対して欧文直訳体はキリスト教的な「愛」や「憐れみ」を基調とし、むしろ友の輪を拡張していくことを志向した。重要なのは、文体への問題意識は両者ともに政治への意識に裏付けられているという点で、漢学的藩閥体制への対抗として蘇峰らの平民主義があったということだ。

蘇峰の平民主義は、たとえば次のような発展もみせる。漢学の文体が政治の舞台である都市を礼賛し田舎を顧みなかったのに対し、蘇峰は自然を重視して故郷への親愛の情を表現することがひとつの思想の体現たりうるのだと示そうとした。このように、ミクロな視点をマクロな視点と等置するような発想じたいずいぶん求心的なものであったであろうが、これはその後、蘇峰よりも年少の北村透谷らによってより先鋭化され、文学の政治からの離陸を呼び寄せることになる。けれども著者が注意を促すように、透谷らの「厭世思想」もまた単なる政治からの離脱ではなく、一種の政治的態度であったということだろう。とにかくこの本は、文学とは実業であるのだ、ある思想を社会に実装するというのは具体的な事業であり、文体によってひとびとの意識は変革され、社会が書き変わっていくのだということを書いていく。要は明治期の文学周辺を、イシス編集学校やひろゆきやゲンロンや凱風館のようなものとして活写する。これは抽象的に文学の必要を擁護するような論への異議でもあるだろう。ふわっとした印象論でなく、じっさいの効果を抽出しようという態度。

午後は電車に乗って神保町へ。たらたらと古書店をひやかしつつ水道橋まで歩いていくと駅前に岸波さんが待っている。あいさつもそこそこにあれこれとお喋り。作りかけの機械書房を見せてもらう。ビルに入ったところから録音を回し、三回の奥まで歩いていくところの音も拾っておく。いざ店内に入って、すごい、部室みたいだ、とはしゃぐ。ドアを開けてすぐ目に入る正面の壁面の棚には海外文学の鈍器本や評論、詩歌が挿さっていて、左手の棚には文庫本がぎっしり。いまはほとんどが岸波さんの蔵書とのことで、らしさが存分に出ており、格好いい先輩の家に遊びに来たみたいだった。右手の窓際には椅子が二脚あって、そこに腰掛けて一度録音を止める。オフレコの話の有無を確認し、再開。一時間半くらいわいわいと話す。僕はずいぶんと興奮気味で、ということはあんまりまともに応答もできずに、木偶のようにひたすら、いやあ、これは楽しみですねえ、と繰り返していたんではないかと思う。終えて別れて、その辺のすた丼で夕食を済ませて帰る。本屋に寄りたかったが、もう閉店時間とのことで追い出されてしまう。さっそく録音したのを聴きながら電車に乗って、これはずいぶんいい回になったなあと満足する。ポッドキャストも気がつけば長く続いていて、やっていれば続くものなのだよな、と素朴に考える。どうしてやれているのかといえば、ただやっているからなのだとしかいえない。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。