きょうは酔っぱらう予定だから先に日記を書いておいたほうがいいだろう。
『プルーストを読む生活』のころはとにかく毎日書くことだけを日記の要件としていたからこのように考えたらほとんどその通りに午前中にはその日の日記を書いた。僕にとって日々の雑感こそが日記の本体なのでそれでいい。この二年くらいは意識的に日誌的なというか記録の性格をこの日記にもしっかりともたせるようにしているけれどもうそろそろそれもつまらないかもしれないとも思うし、自分から出てくるものなどなくすべては外部との関係の網目から出てくるという信念からすれば身辺雑記こそがそのまま思考になっているはずでもある。
『批評理論を学ぶ人のために』を注意深く読んでいる。それぞれ挙げられる批評理論の多くは見知ったものであるけれど、だからといって体系的に学んだというわけでもなくあくまで濫読由来の耳学問だから、列挙される固有名詞のほとんどに見覚えがあるからといってその通時的あるいは共時的な関連を見逃したままであることも多い。知っている単語が続くから読み流しそうになるところをぐっとこらえ、ていねいに読んでいく。入門書らしく各概要は非常に簡潔な記述なのだが、かなりの高密度で、一段落に込められたものがとても多い。これはいい教科書だな、と思う。僕たちが知らず知らずのうちに駆使している思考の手法の多くは、どこかで誰かたちの切磋琢磨を経て構築されてきた遺産であることがよくわかる。自分の頭で考えるというのは、過去に試行錯誤された道具を掘り起こし手懐けることであって、手ぶらで思いついたことを喋り散らかすことではない。どんな文脈の上に自らを置くか。それしかない。獣道を歩いているつもりで陳腐な舗装路で満足している人は、それが恥ずかしいことであると思えないほどにありふれているけれど、僕はなるべく自分の無知を恥じつつこつこつ道具を探し回りたい。不格好に。
日中にスタンダードブックストアの中川さんとやりとりして詳細が決定した五分後には販売ページと告知が出来上がっていた。すごいスピードだ。僕も告知のための文句を考えながら、ほとんどスズキナオさんへのファンレターみたいなものを連投していった。関西にほとんど馴染みがないから、受け入れてもらえるか不安だ。お客さん来るだろうか。でも、個人的に会ってみたいです、というのも勿体ないというかケチな気もして、できたらみんなでお話ししてみたい。そんな気持ちで企画を持ち掛けて、快諾いただけたからほんとうに嬉しい。別に誰も来なくたって楽しく話すだろうなと思っている。でもせっかく受けてくださった皆さんに申し訳ないからできたらじゃんじゃん人に来てほしい。楽しみだな。
『プルーストを読む生活』の版元の美品在庫がなくなったとのこと。21年頭の発売当初から、書店向け提案書の惹句に松井さんは「新しいロングセラー」と書いてくださった。無名の会社員の日記を嘘みたいに格好いい造りの本にしてくれた。もちろんそんなにワーッと売れるはずもない。それでも出してくれたんだ、と思ってとても嬉しかった。デカくて扱いも大変そうな本が、ひとまず松井さんの手元から離れたんだなあ、と感慨深い。まだまだ各書店でひっそりと待ち構えているはずですので、お見かけしたらぜひお手に取ってみて欲しい。どうか、いい人に貰われていってね。そんなことを思う。
案の定ぺろんぺろん。
