昨日よりも奥さんはつらそうでごはんも食べられなかった。取り柄が。でも大丈夫。奥さんの素敵なところはまだまだある。喉が痛くて喋れないからジェスチャーでやりとりする。そんなやりとりでも滲み出るチャーミングなユーモア。
イサーク・エスバンの映画を二本観る。雨のやつと階段のやつ。途中で荷物の受け取りやらで中断をはさむ。氷枕の取り替えや果物やゼリーの準備など、奥さんからのヘルプがあればすぐに飛んでいけるようにslack の通知も気にしていたから、そういう待機の姿勢で映画を観るのはよくなかったな、と思う。ずいぶんいい加減な態度でいて、本の梱包なんかもしてしまう。僕の方まで病人気分で、買い出しのさいに珍しく菓子パンなんかを買って食べてみる。
大阪の古書店からホッケの『ヨーロッパの日記』が届く。第Ⅰ部の理論編からさっそく読み出す。午後さんに教えてもらった本。葛山泰央「内的日記の生成と展開」という論文も読んだ。近代的自我の起源と発展をヨーロッパ文化圏の日記から探るというのはキリがなくて面白そうだ。そうなるとキケロ、セネカ、マルクス・アウレリウスは読まないとだし、アウグスティヌスも避けられないだろう。内省的記述によって変容する自己という観念。読みたいものが多すぎて、一瞬一瞬に一冊ずつしか読めないのがもどかしい。こういう感覚は久しぶりで、ああ、また読み出せるのだ、と思う。
きょうは日記の気分が強かったのでホッケに注力してエッセイと哲学は中断。とはいえ最も根を詰めて読んでいたのは、奥さんが実家から持ってきた『Dr. リンにきいてみて!』だ。そういえば積んであったな、となにげなく手に取って、そのまま全8巻を読み通してしまった。タイトルの通り、主人公はカリスマ風水師であるという隠された一面があるのだが、たとえば周囲の人に正体がバレないように綱渡り的な状況を乗り切ったり、友達の困難を風水の知識で解決したり、そういう事前に予測されるような展開はほとんどなくて、なんなら主人公がDr. リンとして振る舞うことさえ稀だ。あっという間に風水とはなんだったのかと目を見張る異能バトルの様相を呈し、千年の時を超えた悲恋へと収斂していく。どこかで見たような話ばかりなのに惹き込まれてしまうのだからお約束というのは強い。これはなにがすごいって「風水」をテーマにしているといいつつ、ここに「漢方」でも「魔術」でも「料理」でもとにかくどんな函数を代入したって構わないところで、連載当時流行っていたものをなんでも詰め込めてしまう。いまどきの漫画の取材した内容を存分に詰め込んで作品のリアリティを強固なものにしていくという発想がここにはない。ガワはなんでもいいのであって、王道のストーリーテリングがなされる場さえあれば成立するのだという大らかさ。痛快だ。
