きょうは機械書房に行くと決めていたので楽しみだった。しかし懸念点があった。僕は文芸誌『代わりに読む人』創刊号をとても楽しみにしていて、だからこそこの雑誌を買うまでの状況を代わりに読む人めきたいという思いがあり、これまでぐずぐずと買わずに引き延ばしてきた。しかしさすがに機械書房では買ってしまうかもしれない。機械書房は一般販売前から取り扱う買取のお店だし、買ってもいいだろう。理由は充分ある。しかし「まだ買わない」という宣言をつい数日前にツイートしたばかりだった。まだ買うには早いのではないだろうか。水道橋で降りてすぐ麦茶を買う。日傘をさしてもすごい日射だ。坂を登る。階段も登る。そうすると着く。岸波さんに挨拶して、棚を眺めたり、椅子に腰かけたりしつつ一時間ほどお喋りをした。『会社員の哲学 増補版』の読書会のようすをあれこれと聞き出して、ははぁなるほどなあ、と面白かった。丁寧に読んでくださる人たちの存在がそもそもありがたいし、その慧眼ににまにまする。とにかくテキストとして真正面から取り組んでもらえたというのは、少なくともちゃんと読むという手間をかけるには値すると思ってもらえたということなはずで、それが嬉しい。僕が好きそうな小説家を教えてもらう。青木淳悟は。ああ、好きです。阿部和重は。ついこのまえ読みました。中上健次は。読んだことないですね。磯﨑憲一郎は。『日本蒙昧前史』がなんとなく気になってます。ああ、まずは(タイトル失念)がいいかもな、ショッピングモールの話で。そんな調子であれこれ挙げてもらっては棚から抜き出しぱらぱら捲るのを繰り返し、結局選んだのはホセ・ドノソ、フアン・ガブリエル・バスケス、ジョン・マグレガーで、がっつりしたのばっかりいきますね、と言われる。『ルドン 私自身に』というみすずの本が目に留まって、奥さんが好きな画家だ。夕日を眺めるとき、ルドンの緑がある、と嬉しそうに呟くことがある。
私は自分なりに一つの芸術を作りました。それは眼に見える世界の、不思議にも美しいものの上に目を開いて、自然の法則、生の法則に、ひたすら従うことに努めて作ったものです。人はそうではないようなことをいいますが……
オディロイ・ルドン『ルドン 私自身に』池辺一郎訳(みすず書房) p.3
すこし値は張るがこれは買うとはじめから決めていた。機械書房は現金のみで、僕はキャッシュカードを家に忘れてお金を下ろせなかった。夕食の買い出しのために家計の財布は持ってきていたから、こちらから借りてなんとか捻出する。ほくほく顔だ。しかし、はたして『代わりに読む人』は買えなかった。クレジットカードが使えたり、銀行でお金を下ろせていたら買っていただろう。ルドンがなければ予算がオーバーすることもなかったはずだ。ここであっさり買ってしまうのもな、などと意識していなかったといえば嘘になるが、しかし意図的に買わずに済ませるつもりもさらさらなかったので、しまった、というのと、しめしめ、という得意げが混在するような心持ちだ。
家に帰って本を置いて、家の財布に個人のへそくりから借りたぶんを補充して買い出しに。練りごまを買い足したら吊棚にまだあったのであちゃーと思う。ビールとポテチも買って、立て続けに2本の映画を見る。『コンティニュー』と『プロジェクトX』。前者はすでに何度もループしているところから始まるオープニングからテンポがよくて楽しいし、キャストも豪華。木曜洋画劇場でかかる何十年も前の映画のような雰囲気でにこにこ見ていたのだが、凝っている部分とさらっと流す部分とが極端で、なにより幕引きがあっけない。なんとなく尻すぼみな印象が拭えない。でも木曜洋画劇場ならこんなものかもしれない。メル・ギブソンがあっさりと何度も死ぬのがよかった。後者は状況がどんどん過剰さを増して、個人のコントロールへの意思を圧倒していくというPOVホラーだった。ソファでビールやりながら見るには百点の映画で、裏庭のプールにおっぱい丸出しで飛び込む人たちや物陰でいちゃこらおっぱじめる生命力がポロンポロンとはみ出した若者たちのはしゃぎっぷりは見ているだけで擬似的に夏の浮かれた気分を得られる。自分の家が祝祭的に破壊されていく恐怖と快感。ああ、もはや自分ではどうしようもないのだ、と抵抗を諦め目先の快楽に堕ちていくさまはどうにも気持ちよさそうで、僕がホラーが好きで、特にゾンビに食いちぎられる人を見るのが好きな理由ってこれかもな、と思う。酒とセックスとドラックだけでとりあえず大騒ぎするパーティーものは、広義のゾンビものと言ってもいいだろう。元気が出る。
そのままごきげんに包丁を握りしめきゅうりを細切りにする。豚はさっと茹でて水気を切り、茹で汁の沸きつづける鍋の上にせいろを載っけて半分に割ったとうもろこしと下味をつけた鶏を蒸す。練りごまと黒酢と醤油と胡椒でたれを作って今晩のぶんはできあがり。あとは作り置きを足したり足さなかったり。
奥さんは珍しく出勤の日で、帰ってくるとぐったりだった。お風呂の前にも10分寝るねと横になっていたし、湯上がりも俯きがちだ。私がいま何を考えているかわかる、と訊くので、ドライヤーしてくれないかなでしょ、と応えて髪を乾かしてやる。こんな暑さのなか出勤するのはそれだけで一日を台無しにするほど疲れちゃうものなのだ。通勤する日の多い僕はよく疲れて帰ってきて奥さんにつまらない思いをさせるから、すこし新鮮だった。今日は僕が奥さんのまわりをうろうろして構って欲しそうにするのだがくたびれた奥さんはそっけなくて、ふだんは立場が逆なのだ。きょうは日記を読めずに眠るのかな、そう言って奥さんは早々とベッドに倒れてしまった。僕はひとまず書いてしまう。でもこれは、今夜のうちには読まれないのだ。出勤への憎しみをあらたにした。通勤は、悪い文明。
