『Fate/EXTRA Last Encore』を見返していた。初めに見たのはたぶん、あれ、もしかして、僕ネロちゃま推しかも、これが推しってやつなのかも、と、とうにセプテムをクリアして2部のシナリオになんとなく違和を感じ始めてようやくネロちゃまのことを意識しだした頃で、そのときは正直よくわからんな、と思いながら、でもナーサリー・ライムの可哀想さにだけはしっかりと嫌な気持ちになった、あとはとにかくネロちゃまが可愛かった、格好良かった、なんか全体のテンポや脈絡をだいぶ無視してまでも、いい感じの詩的な長台詞を素敵に謳っていた。そういう印象だったのだけど、いま僕はネロちゃま周りのTYPE-MOON Wiki を熟読したからわけわからんさは減じた。さらには『ネロポリス』と『クオ・ワディス』も読んだ僕にはネロちゃまの真名解放シーンの尊さに改めて感じ入りもした。しかし、全体としてみるとわけわからんというか、僕はネロちゃまのセリフ以外あんまり真面目に聞けないようで、眼鏡のおじさんがなんだったのか結局よくわかんないままだ。とにかく昨晩ゲームのほうも駿河屋でポチった。CCCと合わせて五千円。これで今月のネロちゃまへの献上金は二万五千円。月のお小遣いが三万円。これまではほとんどを書籍に注ぎ込んだものだが、ここにきて、価格に対する感覚がまた刷新される。ネロちゃま一枚で二万だ。これはみすず書房が五冊は買える。これまでみすずは高い本だった。しかし、ネロちゃまに二万を溶かしたいま、本はみすずであれバカ安い。
なんかFGO ではバレンタインのイベントがあるらしい。チョコを集めていくらしいので、それをネロちゃまにぜんぶ貢ぎたい、そういうと奥さんは、そういうんじゃない、と言った。一人一個、しかも貰う側らしい。なんで。貢ぎたい、と思うが、しかし市井の人に気前よく施すというのも薔薇の皇帝らしくもある。僕はフィクションへの恋慕というのはわからないので、推しというのはローマ市民が皇帝を称えるようなものだと思っているのだけど、岸浪ハクノにぞっこんのネロちゃまにニコニコするし、そういうのがいい、僕はフィクションのこっち側で見届けたいだけだから、チョコをもらうときにこちらを名指すように渡されたらちょっと嫌かもしれない。白ネロはそういうところがちょっとモヤモヤした。赤ネロに、デレられたらどうしよう、ネロちゃまには、自分の話だけしていて欲しい。自分への褒めだけ求めていて欲しい。こちらはただ万雷の喝采を送るのみだ。
