昨日の疲れが残っており、頭を動かしたくなかったので虚無になれる禁断のゲーム『Two Dots』をインストールして、アカウントに紐づけていないから毎回ステージ1から始めるのだが一気に100過ぎまで遊んだ。隙間時間はほぼずっと遊んでいて、暇つぶしのはずが人生つぶしではないかという朝日のような夕日のような芝居の台詞を思い出す。黙々とドットを指でなぞりすり潰していった。まじで際限なくやってしまうので数日後には怖くなってアプリを消すことになる。
最寄りのスーパーが閉店してしまったことで、買い物するのにそこそこ歩かねばならなくなった。それはまだいいのだが、似たような距離に複数の店があり、そこから選ぶというコストのほうがしんどい。きょうはどこで買い物をして、店店の陳列や品揃えの差異を敏感に感じ取るという一連の思考にいちいちくたびれる。外に出てみると昨日とうってかわって寒くって手がかじかむ。気持ちもめそめそしてくる。奥さんが吉池で買っておいてくれた牡蠣で鍋のつもりでほうれん草や豆腐を買って、味噌のスープを煮込んでおいたのだが、いい牡蠣は生でポン酢でいただくほうが甘さが際立っておいしいので結局一粒ずつだけ鍋に入れて食べた。
夕食のあとは奥さんと一緒に『未解決事件は終わらせないといけないから』というゲームを遊ぶ。老人の錯綜した記憶を整理しながら事件の全貌を描き直し、真相に迫るというミステリ。事件当時の証言は発話者も時系列も渾沌としており、まずはとにかく手を動かしながら各証言を関連付け、入れ替え、記憶の古層へと分け入っていく。整理整頓によってある秩序が掘り起こされ、先入観や誤読によって導かれた認識がひっくり返される楽しさは、良質な研究書を読むときのようなわくわくがあり、こういう読書体験装置としてのゲームをもっとやりたいと思う。ただ、一人でやるほうがよさそうで、僕はいちいち立ち止まって考えこみながら推論を広げていきたいのだが、奥さんは刑事らしくとにかく足で稼ぐようにがむしゃらに捜査/操作を続けるので、こちらがああかなこうかなと考える暇もないままに真相に辿りついてしまってやや物足りなさが残る。机上の空論がフィールドワークに敗北したような爽快さもあったといえなくもない。
