毎回自由席に飛び乗ってから、しまった喉が渇いた、と思う。車内販売がないなら、自販機とかあればいいのに。『社会秩序とその変化についての哲学』を読んでいる。千葉雅也のツイートで知ってすぐ買った本。相互性、共同性、社会性、集合性。「4つの概念だけを主な道具立てに、それらの概念同士の関係を通じて社会秩序とその変化の構造を理解する鮮やかなる試み」とのことで、すでにたいへん面白い。日中は国立民俗学博物館に行くつもりになってきた。みんぱく図書室に収蔵されている『差異と重複』も確認できるかな。新幹線を降りて茨木まで切符で行って、そこからバスだった。
バスは緊張する。支払いのタイミングとかおのおののルールがあるから。あと同じ場所に複数種類のやつがくるし、番号違うくせにおなじとこ停まったりするから。ビビって一本乗りそびれる。一〇分のロスか、と思うが、そこまで気にならない。ひとりだし。そもそも今日のうちにみんぱくに行こうと思い立ったのもさっきなわけで、向こうですこし物足りなかったら明日も行けばいい。Suicaが使えなかったら怖い、と思い、自販機で麦茶を買って小銭をつくる。お昼ご飯を食べそびれていることが気がかりだった。万博記念公園に食堂ってあるだろうか。
あった。ひとまず図書室を見学して、それからお昼、そして展示の順番にする。図書室へは入室カードをインフォメーションで借りる必要があって、すこし緊張する。エレベータにカードをかざし三階へ。受付を済ませ、巻貝のような構造になっている書庫の第四層へ。『差異と重複』は915.6。915が日本十進分類法で「日記.書簡.紀行」だ。すこし迷って、たどり着くとはたして配架されている。915の棚は二つで、915.6はそのうち七割程度を占めている。『差異と重複』は棚の左端に挿さっていて、右隣は岡真也『日本へんきょう紀行』、さらにその隣はゆきに書房『冒険志士/今の誉黒旗軍旗』だった。思ったよりも開架資料が少ない。あたりまえだが日本の紀行や日記、文化誌が並んでいるのだが、日記よりも紀行文が多い。奥の細道関連が特に目立つ。日記は高山彦九郎の五巻本、でもこれは915.5だ。ほかには『日本の中の朝鮮文化』、『杢太郎日記』の第一巻、『木村庄助日誌』──これは太宰の『パンドラの匣』の定本だ──、『街道をゆく』がたくさん、『現代紀行文學全集』、高田宏が何冊か、田山花袋の紀行文が三巻、『日記の中の長谷川テル』、『學海日録』十一巻、ドイツ人が見た明治末の信州と副題のついた『日本山岳紀行』、山口瞳『温泉へ行こう』などがお仲間なのだが、なぜこの顔ぶれに、一回の会社員の自主制作本があるのかと謎は深まるばかりだった。
受付の奥がそのまま事務所になっていて、そこに連絡をくださった図書受入担当の方がいるかもしれない、そう思いつつ勇気が出ずにそそくさ退散、のはずがリュックをロッカーに置き忘れたことに気がつき慌てて引き返す。受付の方が、荷物、と声をかけてくれた勢いで、〇〇さんっていらっしゃいますか、と聞いてしまう。ああ、と気楽に請け負い呼んできてくださる。いったい何事かと恐々やってきた〇〇さんに申し訳なく思いつつ、へどもどしながら自己紹介をし、ご挨拶できた。「ひょええ、わざわざ」と驚かれてしまったが、お話できて嬉しかった。あるセンセイが購入リクエストを出してきたんけど、いつも変な本ばっかりで、あれは本屋にないから大変だった、とのことで、へへへと笑い合う。
食堂に入ったのは一四時すぎで、食券機に苦戦しながらも泰然とした年寄りたちが列をなしていて、空きはあるのに待ち時間が長かった。頼もしい太々しさである。鷹揚に構えて待つのだが、それはこういう時間に日記を書いておけるからだ。旅先の待ち時間は日記の時間。しかし、もしかして提供までも待たされそうだな、と気がつく。展示は一時間そこらしか見られないかもしれない。それならそれで仕方がない。意外とはやくやってきたオムライスをばくばく食べて、特別展へ。
日本の仮面特集で、しかし本命は常設展なのでさくさく見る。最後は仮面とヒーローということで、月光仮面や赤影のグッズと並んでタイガーマスクも陳列されている。プロレスラーのマスクもあるのだが、だいたい「スペル・デルフィン氏蔵。現代。」だった。「スペル・デルフィン氏が今回の特別展に因み制作。額に民博のマーク、横に同氏と民博の名前入り」や「プライベートに使用」まである。何者なんだ。「同氏が議員を務める和泉市議会への出席など公務に使用」とあった。そうなのか。有名なのだろうか。新参者にはわからない。一九九九年デビューのくいしんぼう仮面が気になる。現代はタコヤキーダーだとか、めでタイガーマスクだとかがいるらしい。
いざ常設展へ。こちらは閉館ギリギリまで堪能した。リトルワールドのさらに楽しいやつだった。なんて最高の場所なんだろう。ずっといたかった。とにかく時間が足りず、面白そうなキャプションは後で読めばいいと写真に撮っておく。企画展が水俣で、ここでいちばん時間を使う。ここでのことを書くとキリがない。というか膨大な情報を駆け足で浴びて、体系だった整理が追いついていない。これからしばらくじわじわと味わうことになりそう。ミュージアムショップで『月刊みんぱく』のバックナンバーを大量に買う。野帳も衝動買い。へんな木彫りまで買ってしまう。とにかく入館料が安すぎるから、お金を落としていきたかった。
モノレールと電車を乗り継いで淀屋橋まで。大阪市中央公会堂に向かう途中、スズキナオさんの記事でお馴染みかき広を発見。ほんとうにこんな人通りの多いところにあるんだ! せっかくなので府立中之島図書館をのぞいて、コンビニでお菓子を買って会場入り。ちょうど入り口のところで青木さんと合流。トークイベントは来場が二名ほどと聞いていたので告知を張り切った。それが功を奏したのか、結果的に袋詰のお菓子がはけ切る程度にはお客さんがいらしてくれた。ほっとする。二時間たっぷり喋りまくった。序盤から文章論や生き方へと話がおよび、お互いの書くことや喋ることへのスタンスの色々を確かめる時間になったと思う。プロレスの話もけっこうして、いいのかなと思っていたけれど、プロレスの話が良かったと感想をいただけたのでよかったのだろう。富山に引き続きプロレスの広報人めいてきているが、やはり当人が楽しそうに喋っているというのがいちばんの見世物にもなる。楽しく喋れることを楽しく喋ればいい。そのはず。撤収後、青木さんと居酒屋でかるく打ち上げて、今後の作戦会議。一駅歩いて本町の宿にチェックイン。「ほぼ個室」を謳うカプセルホテルなのだが、たしかにほぼ個室である。シャワーを浴びて、冊子の編集の作業を少し進めて、日記を書いたらすっかり夜更かし。ほぼ個室なので個室ではない。耳栓を忘れてしまったことに気がつく。しまったことだった。