日記を翌日に書くようになってきている。眠くなるまでパソコンに向かわないからだ。というよりも、日中に端末に何かを入力しているとき、それは労働に急かされているときであって、盗み仕事のように日記の断片を書き継いでいくというような隙間が見当たらないというほうが合っている。ひとまず思ったことをざっとその場で書いておく。寝る前にそれらを編集するように並び替えたり書き直したりして一日とする。そういう行為としての日記がいまやわやになり、ただ昨日を振り返り記述することになっている。これはあまり面白くない。
本もあまり読めていないけれど、そろそろ小説や批評ではなく、新書のような形でまとまった現在の見取り図みたいなのを読みたい。ナショナリズムへの忌避感と大きな政府の待望が共存する。逆からいえば、愛国心と小さな政府への志向が共存することの機序がいまいちピンときていない。いろいろ読んでそのつどなるほどと思いつつ、すぐ忘れちゃう。嫌いなら小さくしたいし、好きなら大きくしたくない? そのような、あほらしい素朴な疑問がいつまでも晴れない。
先の段落は当日にSNSに投稿していたものを加工した。ここだけが昨日の状態を憶えていて、ほかのことはすでに遠い感覚のもと書いている。昨日は気圧のせいか具合が悪く、ううう、と頭を抱えていた。そのくせロールキャベツをつくった。ほとんど奥さんに支えられるようにしてではあったが上手にできた。食後はこたつに丸呑みにされていた。
