昨日の不調は、中華街での食べすぎが原因だったと思う、その日のうちにそう思いいたってもいた。切開されたあとの処置として服用していた抗生物質によって常在菌が焼き尽くされた胃腸にいきなり油を投入したのだ。それはそうなる。それを昨日の日記を書き終えてから思い出す。
電車で、病院の待合室で『新潮』を読んでいた。今月は『新潮』がいちばん遅く、発売日の翌日に届いた。それで読む順番も最後だった。ここに掲載されている中篇二作を読み終えて、他の作品と引き合わせながら原稿を書けば時評の仕事はおしまいだった。ようやく、と思いながら、ふと注意力が散漫になったので日記を書いて、そのまま今日の分に入る。実況中継。じぶんの書く形式としてこれがいちばんしっくりくるのだと、『『ベイブ』論』を書きながら腑に落ちた。今起こっていることをそのまま書き述べること。潤色し、誇張し、省略しながらこの目の持続をまた呼び起せるようにして書くこと。そうでない日記はあまり面白くない。診察室に呼ばれ、問診の後処置室に移るのかと思いきや、その場で抜糸だった。麻酔も必要なく、ぱち、ぱちと簡単に鋏を二度入れておしまい。これなら家で自分でもできたなと思う。なんにせよ首を右に倒すと左の首と肩の連結部に引っ張られる感覚が起る一週間の不便とも名指せないほどの不便から解放されて、うれしい。抜糸するまでは傷口を湯船につけちゃいけないといわれていたから、今晩肩まで湯に浸かれるのがたのしみ。
さわやかな気分で労働。トイレの鏡で確認すると傷跡は肌の裏側で黒ずんでいて、痛々しい。むしろ術後のほうが大袈裟な見た目だ。内出血の跡もあり、一緒に目立たなくなっていけばいいなと思う。粉瘤で病院に行くというのははじめてのことだったけれど、二度目以降は腰が重くなりそうだった。奥さんも、切り傷を目の当たりにして、粉瘤に関しては軽々に病院に行けというのはやめる、としょげていた。僕もよく考えずにいうことをきくのはよくないと学んだ。全知無欠の奥さんにも瑕疵はあるらしい。奥さんは粉瘤ができたことがないそうだ。経験していないことへの価値判断は、つねに過大か過小だ。ちょうどよく、経験の当事者の実感を想像するというのはかなり難しい。じぶんの目をなるべく澄ませて、相手の話を聞かないことにはどうにもならないことだし、相手もまたそうしたことを言葉にする必要を感じていなかったり、積極的に避けたがることも多いのだ。粉瘤については、もっと僕が実感を言葉にしていればよかっただけのことだ。あるいは、ぼんやりしていて言語化するほどのことと思えなかったからこそあっさり皮膚科に出かけ切り取ってもらったのだとも思う。なんにせよ、奥さんがしょげる必要はない。とはいえ、傷口グロくてびびるよね。
頭がうっすらと痛い。薬を飲むべきか悩む。抗生物質がてきめんにお腹を荒らしたのもあって、薬嫌いがぶり返している気がする。ふと、さいきん月曜0時配信といいつつ実態としては月曜中の配信へとぐずぐず遅れがちだったのを反省し、土曜のうちに録音しておいたポッドキャストの配信準備を失念したまま火曜になってることに気がついた。あちゃー。日記も録音もはじめのリズムにきちんと調律しておきたい。この日記だって、夜寝る前に書き終えて、公開前に奥さんに読んでもらう、誤字脱字があれば黙って直してもらう、たまに一言くらい何かコメントをもらえる、そういう時間がけっこう好きなのだ。
