コーヒーメーカーの稼働音で起きる。ポットに透明な水が入っていて一瞬不思議に思う。二階までポットに入れて水を運んで、そのままサーバーへの給水を忘れていたのだった。まじかよ。豆は挽かれているので粉モードで再度淹れる。だいぶ残念な仕上がりのコーヒーを飲みつつ『二〇世紀の思想・文学・芸術』。気がつけば朝の読書が一週間ぶりになってしまった。寒暖差や気圧の乱高下、さらには運動不足で睡眠がめっためただ。あとひとのせいにするのはよくないけど、猫ならいいかな、ルドンが、毎朝鳴くわけではなく、ランダムに鳴かない朝もあるようになってきていて、それも起きれない原因になっている。鳴くなら毎朝鳴いてくれ。できれば、七時に。
通勤電車では『霊性の日本思想』。面白いけど、やっぱりそもそも仏教というか大乗仏教がよくわからんな。初期仏教って、仏=悟りをひらくための諸実践の体系という、それじたいかなり個人主義的かつプラグマティックなものだと思うんだけど、阿弥陀如来とか観音菩薩とかなんかそういうありがたそうな強キャラはどっから出てきたんだ? 初期仏教との断絶ばかりが目につき、どこに連続性があることになってるのかさっぱり掴めないままでいる。
すっかりスパイスカレーの口だったのに、今日は定休日で、けっきょく迷いに迷った挙句にナポリタンを食べていた。もったり甘め、いまいちばん遠い味。
帰り道、くたびれてとぼとぼ歩いていたら横を掠めるようにランナーが走り去っていく。あれ、わざと寄せてきたな、下品なやつ。
しょぼくれて帰宅すると奥さんが先手を打って、私はしょぼくれていますとアピールしている。お風呂を洗う元気もなかったとのこと。夕食を済ませ、こたつから動けずずんだれていると、胸の上でルドンが寛ぎだす。もふもふの胸毛を撫でながら、かわいいな、とじんわり思う。猫の重さがちょうどいい圧迫感で、もう動けないな、と思う。あなたが食器を洗うあいだ少し寝ると言って二階へ上がる奥さんはいつまで経っても戻ってこない。大きなお風呂に出かけようかと話していたけれど、気がつけばもう二十二時。のろのろ這い出て、調子が悪い時特有の山盛りの洗い物を前に途方に暮れる。洗い終えたらもう浴槽を洗う気力もなく、こっちだってもう何にもできないよ、とぺしょぺしょになりながら、臭いまま眠る。
