2025.03.25

朝、コーヒーメーカーの轟音で目を覚まし、猫の呼ぶ声で起き上がる。このルーティンがきちんと機能したのは久しぶりで、やったぞ、と思う。猫を膝で遊ばせながら『二〇世紀の思想・文学・芸術』を読む。途中で奥さんがもそもそ起きてきて、ソファの隣に座って寄りかかり、うとうとし始める。猫と人と人が身を寄せ合っている。いまここにすべてがある、と思う。もうほとんど寝ている奥さんは窮屈そうだったので、ちゃんとベッドで寝直したら?ときくと、素直に寝室に戻っていった。

二〇世紀をめぐる鼎談は途中でZOOM収録に切り替わるのだけど、そこでなんとなく変質する感じがある。それもあって、電車では磯野『コロナ禍と出会い直す』を読むことにする。先日フヅクエに行く前にオペラシティのくまざわ書店で買った。行きの電車で三分の二ほどまで読んでしまって、さいきんは読むのに時間のかかるものばかり読んでいたのだな、と知れる。するする読めて、あっさり読み終えることができる、それでも満足はしっかりある、月のうち読み終えた冊数を数えてにんまりする、そういう読書に意味はないが、ほかの意味のない読書と同じように楽しさもある。それはそれとして、コロナ禍の日記を読み返すことをそろそろしようと考える。この日記は明らかに四年ほど前から、日々の行為の動線を追うことの方に比重を傾け、思うことなどに割く分量を減らしてきた。それは、日記が感染経路を追うためのログとして利用される不気味さへの、ひねくれた抵抗のようでもあるが、けっきょくのところ資源となること、全体への自発的隷従の身振りでしかなかったようにも思える。

おいしくないラーメンが食べたいときというのがある。節操なくあちこちに出店しているようなチェーンの家系ラーメンとか、ふだんは誰が食べるんだと思うが、こういう気分の俺が食べるのだ。

Bluesky で面白いよねという話題をみて、ちょうどいま三巻まで無料で読めるようだったので『薄暮のクロニクル』を合間時間に読む。おお、これはたしかにいい漫画だ。組織人がちゃんと仕事してて、大人たちがまとも。ぜんぶ買っちゃおうかな。

夜に近づくにすれどんどん体がだるく、これはやばいかも、とはらはらしたけれど、よく考えてみれば昨晩の腹筋ローラーだろう。お腹も痛いが、肩や背中も痛く、これはフォームが間違っているんだろうな。

どっと疲れて長風呂。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。