今日はいつもと違う現場での労働予定で、微妙に憂鬱だった。なるべく気分を保つために、家を出る時間を普段より一時間遅めに設定して、一時間たくさん寝る。起きて、今朝のルドンは膝に落ち着きたがる。『声の文化と文字の文化』を十分だけ読む。十分でもぎゅっと集中すればけっこう読めるものだ。一階でゆっくりコーヒーを淹れて、チョコレートケーキで朝食。ポメラと業務パソコンを持ち運ぶ必要があるのでリュックと別にトートバッグも用意して、家を出る。いつもの逆方向の電車に乗り、通勤時間とは思えないのんびりした空気がいい。途中から、鼠の王国へ向かううきうきした人たちがどっと乗り込み、わっと吐き出されていった。
労働じたいは夕方前には一段落し、なんとなくもうくたびれたから早めに仕舞いにして、夜の稽古のためにまだ明るい池袋に向かう。ふらっと映画館にでも行きたかった。『Flow』が見たかったのに、もう朝早い時間にしかやっておらず、しかももう終映らしい。早いな。お芝居よりは長く続くけれど、すべての映画は少なくとも三ヶ月くらいやっていてほしい。まったく追いつけない。『アノーラ』ももう終わっているみたいだ。ちょうどいい時間にやっているのは『教皇選挙』だったので、それにする。稲垣さんが見たと言っていたから、カハタレの稽古前に見るにはちょうどいいのかもしれない。見ていないくせに、稲垣さんには『ローマ法王の休日』をすすめて、すぐに見てくれたので嬉しかった。紙兎が大嫌いなので、開映時間の五分後まで中には入らない。
『教皇選挙』は、映画に求めているものが過不足なく全部あって満足。横長の四角の中に赤、青、白が際立つようにレイアウトされていちいち格好いい。劇伴もいい。シナリオも端正。あらゆる要素がぴしっとしている。なにより、眼鏡だ。あらゆる角度から、眼鏡が魅力的に撮られている。オノナツメの画面作りが好きな人には絶対に刺さるフェティシズム。耳にかかるつる、軽そうなフレームの質感、高い鼻梁から微かにずり落ち、下からの光源を反射するレンズ。建築や絵画と同列に、美しいものとして眼鏡が扱われているのが素晴らしい。
サントラを聴きながら稽古場まで歩いて、稽古。水曜日は日誌も書くからたいへん。
帰宅するとルドンがくるる、と鳴いてお出迎え。近寄ると二階へと上がっていって、ちらちら振り返りつつ先導する、そのしゃなりとしたお尻がかわいい。
