ルドンは朝からずっとべったりくっついてくる。うつ伏せであろうと仰向けであろうと載っかってくるし、ソファに座っていても座椅子を使っていても膝に載りたがる。率直に申し上げて、めためたにかわいい。歯磨きのおもちゃを噛ませていたら、夢中になって奥歯でがぶりとやるときに人差し指が巻き込まれた。あ、と思ったら、じゅわっと真っ赤な鮮血が吹き出してきて、ありゃりゃありゃりゃと慌てて、流水で洗い続けた。奥さんがすぐさま消毒液を買いに走ってくれる。いつまでも血が止まらなくて、ウヒョー、と思う。なかなか慌てているのだが、こういうときは妙に醒めてもいるから面白い。さいわい炎症などおおごとにはならなかった。それからもルドンは悪びれずべたべたくっついてきて、まあそもそもヒト側の不注意が原因でたしかに猫に責められる謂れはない、撫でてやるとじゃれついて、手の甲を舐めたり、甘噛みしたりしてくるのだけれど、さすがに甘噛みとわかっていても一度流血すると怯えがないではなくて、でもとってもかわいいのでされるがままにしていた。
依頼された原稿の参考になるかもしれないと期待してAmazonPrimeで『呪いの黙示録 第一章』を見る。冒頭の「単品」を見ながら、あれ、と思う。この場所を知っている。羽根木公園だ。プレーパークの周辺だろう。日記屋月日からも一駅余分に歩けばすぐに着くこの公園は、僕の学生時代の下宿から駅を挟んだ反対側にあり、そのころの僕の散歩コースでもあった。ぎゅう詰めの小田急線から吐き出されて、まっすぐ狭苦しいアパートに帰りたくない夜には決まって歩いたその場所で、呪いが発生していた。ああ、あの公園は呪われたのか、などとは思わない。思い出の場所が穢された、とも思わない。ただ、思い出せばすぐに季節ごとの草木や土のにおいさえ蘇ってくるほど親しんだこの景色に、多くの視聴者は親密さを感じることはなく、ただ素朴に匿名の恐怖の現場として眺めるのだということが面白い。この体がもつ記憶が、投稿映像に意図しない効果を付与してしまう。ただそこにあるものだけを見るというのがどれほど難しいことかと考えこむ。それでDynalistで草稿を書き始めた。スケジュールがタイトで遅れるかもしれないと事前に伝えておいたのだけれど、案外すんなり書けそうだった。ようやくキャベツが買える値段になってきたので、夕食は豚肉と一緒に味噌炒めにした。食物繊維はやはり大事らしい。
