2021.04.01(2-p.54)

先日のシシン先生のプラネタリウムからはギリシャの少年愛は挿入ではなく素股なので彫刻においていちばん性的なのは太ももであるという知識を得た。だから自分の太ももをまじまじと観察してみたのだがどうも両の太もものあいだが空いていて挟めそうにない。僕は痩せ型だから、太ももが足りないみたいだと奥さんにこぼすと、それはO脚では、とのことで僕はO脚だったらしい。そうだったのか。踵をつけて直立したとき膝や太ももがくっつかないのは普通じゃないらしい。しかし普通とはなんなのか、正常な体型というものを設定してそれに合わせてあらゆる人体の差異を無化しようという発想は、あらゆるものごとの画一化を夢見るファシズムとなにがちがうのか。そこで「O脚 何が悪い」で検索する。もちろんこのスペースには「O脚(で)何が悪い」というニュアンスを目一杯込めた。すると真っ先に「見た目が悪いだけではなく」と出てきて、知らんわ、と思うが、だけではないらしい。そのほか膝の変形や、足底に負担がかかることで外反母趾の原因にもなるという。歩くと決まって足の裏だけが疲れ、外反母趾も進行しているっぽい僕には心当たりしかない。そうか、これまでの足回りの不調はすべてO脚のせいだったのか。これまで自分がO脚だということに気が付かないでいたが、わかってしまえばなにかしら打てる手は打とうという気持ちになれる。ああ、ギリシャの素股について考えていてほんとうによかった。

夕食後Netflix で『シャーマンキング』を見る。はらはらしていた。僕の人格形成の七割はこの作品によってできているし、最近のネロちゃま狂いもたぶんワダアルコ先生の絵柄がどこか武井宏之と通ずるところがあるからかもしれないとついさっき気がついた。そういう作品だったから、『封神演義』の悪夢の再来だったらどうしようと怖かった。始まりの、今度のアニメはちゃんと最後までやり切る、という意志に満ち満ちた順序の入れ替えに、さっそく喜び、オープニングの平成一桁っぷりにはしゃぎ、巧い省略に感心し、これは期待してもいいのかもしれない、と思った。今期も楽しみができてよかった。しかしすっかり僕も懐古的に既知の作品のリブートを喜ぶ老人となっている。

知久寿秋サブスク解禁とのこと。わーい。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。