朝から『マンボ・ジャンボ』。ついに明かされるオシリスとイシスの神話の真実。多神教的節操のなさで踊り明かすオシリスの系譜に連なるものたちは、踊れないし踊りませんかと誘われもしない、じつに一神教的な堅物の軍人セトによって弾圧される。それでも何度だって歌い踊り愛し合うオシリスの者たち。西洋白人たちの道徳規範をコケにしてごきげんに騒ぎ楽しむ輩の抵抗の歴史が語られていく。一九二〇年代のジャズの勃興を、三千年にわたる一神教と多神教の対立という神話規模にまで誇張してスチャラカに書き飛ばす痛快さ。パパ・ラバスが代弁するこの大法螺は、Pファンクの元ネタでもある。午前中には読み終える。超面白かった。アメリカ社会における白人文化の専制や西洋中心主義への黒人たちによる抵抗を、とにかく馬鹿馬鹿しい大騒ぎで描き出す。ハイチの話が出てきたので、名著『ハイチの栄光と苦難』の浜忠雄による岩波新書『ハイチ革命の世界史』を次に手に取る。復習するぞ〜
ハイチはフランス語圏だが、英語圏のカリブについてはまだまだ知らない。ハイチの併読本として『私が諸島である カリブ海思想入門』もいよいよ手につける。ここに『それで君の声はどこにあるんだ?』を加えた三冊で黒人の手によって歴史や文化が複数形として取り戻されていく過程を追いかける。
息抜き本は今村仁司『仕事』。これは小野寺さんのH.A.Bノ冊子での連載で知って読みたくなった一冊。自分らの「労働」についても、現行の「労働中心主義」を相対化するような形であらためて考えていきたい。さらなる息抜きにU-NEXT で『REOPENING NIGHT』という、コロナ禍とBLM運動を受けて上演された黒人たちのシェイクスピア劇を追いかけるドキュメンタリーを見て、このころの幕が開くかどうか直前までわからない不安さを思い出して、ついつい泣いてしまう。かなりばたついていて、運営もぐずぐずのようなのだが、それでも幕が上がれば全てが報われてしまうこと。芝居が面白かったかはわからない。このころは、とにかく上演されるという事実そのものがもつ重さがすごくて、上演の内容がどれほどだったかを今の視点で冷静に判断することにどれだけ意味があるのかは微妙なところだ。リアルタイムで作品に触れるというのはそういうことである。後年振り返ってなお面白いものというのが稀なのは、リアルタイムであるということの切実さがなによりも面白いということの証左でもあり、それ単体で見ればあまり面白くないものを面白がるためには、その作品の生成された時代背景や文脈を勉強する必要があるということでもある。なぜこんなものができたのか、を知れば、だいたいのものは面白がれる。『マンボ・ジャンボ』だって、ジャズ・エイジや大恐慌、ハイチやヴードゥー信仰の知識がないまま読んで面白いかはわからない。わけわかんないけど騒がしいものとして面白くはあるだろうが、知っていた方がもっと騒がしくて馬鹿げていて可笑しいはずだ。
夕食はステーキ。蕪ソースと玉ねぎソースの二種。食後は幻のフルーツ、ポポーを食す。森のカスタードクリームという形容に納得。マンゴーの粘っこさ、バナナの甘さ、いちじくの臭み、それらを束ねるのは酒のような発酵の気配。熟すと黒い斑点が目立ち、見栄えはよくないし、かなり大人の味なので子供ウケはしなさそうで、たしかにこれは売れないだろうと二人で話す。花札で遊ぶ。前回は奥さんがほとんど全勝の勢いだったが、今回は僕の逆転勝ち。ちゃんと勝負が成立したので楽しかった。勝ったし、そりゃ楽しい。
『ハイチ革命の世界史』でかるく触れられるマカンダルについて検索していたら水木しげる『神秘化列伝』が出てきて、収録されている巻にはスウェーデンボルグも入っているらしいので早速Kindleで手配。寝る前にマカンダルの章を読んだらハイチとヴードゥーの歴史がコンパクトかつ的確にまとめられていて舌を巻く。そういえば水木御大からは幼少期よりさまざまな知識を授かってきたが、既知の情報をこうして水木漫画で確認するというのははじめての経験かも知れず、それゆえに瑕疵や過大な演出にもまた気がつきはするのだけれど、なにより膨大かつ複雑な情報をまとめて、面白い漫画という形に交通整理して提示する手腕の見事さが実感できる。知識の伝達技術としての漫画のすごさ。すごい。
