『俺の家の話』を7話から最終回まで一気見。これはすごいな。9話のラストの不穏さに、ああ、そういうふうに能に重ねていくのか、と嫌な予感がして、最終話の始まりの上滑り感の恐ろしさに予感の的中を確信してからは喪失感でいっぱいで、正直最後まで見るので精一杯だった。しかし観終えての感覚はすっきりしていて、最終回のある意味陳腐な構成を愚直に演出することの巧みさを思い知った。『木更津キャッツアイ』を想起するまでもなく擦り倒された時系列の組み替えとその種明かしの白々しさによって、鑑賞者はどうしたって泣く気にもなれない。ただ呆然とするしかなく、しかし泣かないと終われない。出来事のその時に人はうまく反応できない。正しい反応はあとからやってくる。ディレイであること。全編を通して示される遅れや掴み損ないが、能のスローな動き、死者との遭遇を担う媒介としてのシテ方とのあり方ときれいに重ね合わされていて、クドカンは映画はあんなにつまらないのにドラマとなるとおそろしく巧いな、とぞっとする。観客の声援を背負って戦うプロレスラー、歌い踊り感情を移入させるすばらしい演技を見せてくれるアイドル、虚実ともに行われる巨人の退場。できすぎている。いいものを見たなあ!
それで気圧も下がり続けてぼんやりとしているうちに一日が終わってしまった。奥さんは最近カレーをたくさん作ってくれて、ぜんぶ美味しい。スパイスと油の組み合わせ遊びはかなり面白そうだ。僕もベンガルで知った。
楽しみにしているドラマもアニメも終わってしまったり終わりがすぐそこで、来期もいい出会いがあるといいなあと切実に思う。年度も変わるし季節も変わってしんどいんだから、せめて番組の編成くらいは時期をずらして欲しい。全ての変化は足並みを揃えないべきだ。
