二十二日の朝はさいきんのリズムにのっとりそこそこの早起き。午前中にふたりで散歩にでかけ、ランチをしようと思っていたお店は定休日だったので目的地を公園に切り替えてぶらぶらする。菜の花が満開で、菜の花は花が咲いていなくてもナノハナなのだろうか、だとしたら菜とはなんだ、だいたい菜だろ、と話す。いま調べてみたらアブラナ科アブラナ属の花の総称とのことで、だからだいたい菜なのはそうで、アブラナであれば菜であり、花が咲いたら菜の花なのだ。
目当てのお店が空いていないならべつに外食じゃなくてもいいねと昨晩のさっと煮を再構成してレタス炒飯をつくる。なかなかおいしくできて、一期一会飯の楽しさだ。いよいよ春めいており眠たくなる。ちょうどいいのでお昼寝し、十七時くらいまで目覚めなかった。不覚にも寝すぎ、これでは夜に仮眠をとるのは難しそうだ。夕食には唐揚げをあげ、プロレスを見ていたらすでに二〇時を過ぎており、慌ててシャワーを浴び、『どもる体』Tシャツと迂遠キャップというすごい格好に着替えて都会へ夜勤に出かけていく。
赤坂に着いたのは二十三時と早めで、せっかくだから集合の前にお茶でもしようとシャーク鮫くんと誘い合わせていたのだった。TBSの入館口でカードをもらって、十二階まで上がる。セブンと隣接してカフェスペースが設けられており、そこでコーヒーを飲む。阿部さんも来てくれて三人で雑談していると、セブンに買い物に来た朱さんと一瞬目が合う。コーヒーを持って朱さんが近づいてきたので挨拶をすると、でかでかと「迂遠」と刺繍されたキャップを見かけた時点でそうだろうなと思ったから話しかけられた、と言ってもらえて、視認性とツッコミどころの多いことは、ひとつ会話のきっかけになるよなと満足したし、とはいえ釣り針が露骨にでかすぎるとも思う。二十三時半には九階に降りて長谷川さんに挨拶。リクエスト曲を書く紙が渡されたのでシャーク鮫くんに代筆してもらう。工藤さんがやってきて、開口一番満面の笑顔で迂遠だ!と喜んでくれるので嬉しい。このために来たところがある。朱さんの弘前土産をシャーク鮫くんと半分こしていただく。
全員が早めに揃って、日付が変わる手前くらいから打ち合わせが始まる。ここから体感ではぬるっと二十五時になっていて、放送が始まる。今回はメールも百件以上あり、なるべくたくさん読みたいと全員が思っていて、読んで聞くほど触発されて話したいこと聞いてみたいことがぽこぽこ生じ、だから普段以上に早口で楽しくおしゃべりしてしまった感がある。ここに集うような、知識量と頭の回転を備えた人たちとわいわいボールを回す愉悦に耽りすぎるあまり、聴衆に届けるという意識がいつも以上に疎かになったきらいはある。夢中で楽しく、しかしいつも間違えるのだけれど、電波に乗るのは三時までと錯覚してしまい、一時間のおまけがある。この一時間は聴いてくれている人のために使おうと思い直し、最終盤に朱さんに訊いてみたいことを話してみた。まずNHKの視聴者にも認知されていそうなローティの話から始め、『世界』の「いまこそ〈マジョリティの哲学〉を構想する」のお話にまで接続したかったけれど、時間も足りなかったし、こういう場で二者でだけラリーを続けるのは不可能なのはわかりきっていた。
僕が聞きたかったのは次のようなことだ。ラジオはなんだかんだ「聴衆」と名指してよいような幅と広さを伴うさまざまな人たちに届きうるもので、それはつまり世代や階級を横断することで引き起こされる摩擦もまた避けられないということだ。だから、たとえば個々人の「当事者性」に雁字搦めになって承認を求める悲鳴に似た叫びをSNS上に文字で「話す」人たちのことをより強く念頭に置いて話すことになる。でも、出演者の立場からその人たちの声を満足に拾うことも、代弁することもできはしない。なぜなら、そのような人たちにとっては、自分が座っていないラジオブースの椅子を温めているという時点で「特権」を有しているとしか思えないからだ。ラジオのねじれは、しかしそれでも、声を受け取る側に、語り手と同じ場面を共有していると錯覚させがちなメディアであることで生じる。イヤホンやスピーカーを通じて自分にだけ語りかけられているような感覚と、そこでなされるやりとりに自分が存在していないという強烈な疎外感とのあいだで引き裂かれる体験こそラジオを聴取するということだろう。ラジオに出る側としては、そのような聴衆に対する「積極的無関心」が必須であるが、しかしそのような無関心こそが聴衆に苦しみを与える「残酷さ」として知覚されるのではないか、そのような矛盾について話してみたかった。ラジオを正義=政治の領域として発信する出演者と、愛=承認の場の領域として受信する聴取者とのねじれ。これを朱さんはどう整理しようとするのかを聞いてみたかった。どうしても諦めきれず、工藤さんからのパスをなかば横滑りさせえて問題提起だけはしたけれど、そのせいで「さめない社交」の話としてシャーク鮫くんへ繋ぐ回路を閉ざしてしまった感があり、やや後悔がある。
ポッドキャストとYouTubeだけの番外編の収録について、司会進行を任せてもらえることになり、そうなるとゲストとして強引にさっきの話の続きをやる機会は失われ、ホストとしてなるべくたくさんの話を引き出すほうに切り替えるべきだった。だから前述の話題に戻ることはなく、でもたとえば工藤さんが初司会だった時に長谷川さんがアドバイスしていたように、話を振る前に名前を呼ぶようにしたり、ベストは尽くせたのではないかと思う。締めの前に朱さんがYouTubeのコメントで激励が来ていると紹介してくれたのが「話の振り方が上手」「傾聴と受けた話の整え方が上手。積極的な話し手が豊富だから、自分の話題に誘導しないようにしているのかな」という内容で、報われたな、とものすごく嬉しかった。
すでに五時半。座談の帝王・工藤さんが言いだしてくれて、二十四時間営業だという中華料理屋(エイトと言っていた気がする)で打ち上げ。工藤さんがどれもおいしいですが、シグニチャーはベルト麺です、と教えてくれる。シグニチャーという言い回しが格好良く、今度から使っていきたい。お腹がペコペコで食べながらビールやハイボールをやる。たいへん楽しく、七時半くらいに解散。
すでにすっかり日が昇っている。帰宅したのが九時ごろで、風が強くて奥さんは眠れなかったらしく最後まで聴いていたとのこと。昼まで眠り、ぼんやりして、けっきょく夜までルドンと寝こけ、みんな体力オバケだな、と感じ入る。僕は寝ないとだめだ。ほとんど一日を睡眠で塗りつぶす。お風呂でしゃっきりし、夕食はカツオとタコの刺身、唐揚げののこり。寝る前に洗濯しながら録音して配信。録音はあっさり終えたつもりがいつの間にか二時間半喋っていて、Lifeのせいで明らかに感覚がおかしくなっている。あと、奥さんとのおしゃべりへの飢えもあっただろう。カハタレの名古屋公演もぶじに終了したらしい。映像を送ってもらえたから見るのが楽しみ。こちらも楽しかったようでよかった。日付感覚の調子が狂ったまま、夜も眠る。
