新鎌ヶ谷からちょっと慣れてきた成田ではなく羽田に向かう。成田と羽田が一本で繋がっていることに初めて気がついた。成田からやってきた観光客が浅草なんかで降りて行って座れた。空港のフードコートで奥さんがメンチカツを食べるのを食欲のわからなくなっていた僕は眺めていた。奥さんの食べる姿を見るのが妙に好きだ。久しぶりの非LLCで、でも国内線だとチェックイン含めそこまで差はないような気がする。座席前に液晶があるのは楽しいが、長距離じゃないと映画を見終えられないから『トピーカ・スクール』を読んでいたら翼の真横なのかやけにモーター音が耳につく、構わず読み続け、いつの間にか空中で、ズドドドと強めの衝撃と共に着陸した。
宿は空港そばの東横インにとっていた。送迎バスの時間からすると歩いたほうが早そうでもあったので駐車場を突っ切ってみたら歩行者が入り込んではいけない空間にどんどん迷い込んでしまうようでひりひりした。仕方がないので引き返すとちょうどバスが来た。団体が来る兼ね合いで出発が遅れるかも、と二度ほどアナウンスされて、そもそも団体が入り切るかわかんないからやっぱ定刻で出ちゃうわ、となる。さっき無謀なショートカットを試みた駐車場を迂回して細道を器用に運転されるバスはあっさり宿に着く。チェックイン、荷物を軽くしてすぐ出ると、さっきと同じ運転手が空港まで送ってくれる。
モノレール、千里中央で乗り換えて箕面へ。まずはInstagramで気にしていた文房具屋に向かう。WEGOの倉庫だろうか、開け放たれた搬入出口から古着が山と積まれたスペースがのぞいていて服の墓場だ。目当てのビルに着くが入り口がわからず一周する。裏手の業務用エレベータが正解だった。三階に上がり、人気のカフェがあるらしく賑々しい。その前を突っ切ってdocket storeへ。三十分くらいたっぷり吟味し、奥さんはおしゃれ下敷きを買った。pencoのバレットボールペンのころっとした手触りと握ったときのちょうどいい重みが楽しくて欲しくなる。いい感じのポケットログダイアリーと併せて買う。レジで投稿されてたゲームボーイカラーのスケルトンのやつみたいな格好いいCDプレイヤーの在庫を尋ねるとあるとのことで出してもらえるので、えいやとこれも買っちゃう。隣の服屋への廊下の壁面に吊るされているパンツが気になり、SUPER FUNKASTIC MARKETにもふらっと入ってみる。パンツの試着をさせてもらう。VOIRYの特注とのことで、かわいい。値段も手ごろ。ピンクのTシャツと一緒に買ってしまう。思わぬ豪遊。包んでもらってる間に開場時間だ。
東京建物 Brillia HALL 箕面。ばかみたいな名前だ。池袋のBrilliaは東京建物が建てており、観客のことをまったく考慮していない最低の設計故に闇のBrilliaと呼ばれているが、こちらは箕面市立文化芸能劇場のネーミングライツを取得しただけで、大阪なのに東京と称することで無用な混乱をうむという点でやはり東京建物への嫌悪は薄らがないわけだが、名前以外には東京建物が関与していないこの劇場はとてもよい劇場で、光のBrilliaと名高い。じっさい、遮るものがなにもない見晴らしで舞台の全景を確認できることにふたりで感激した。宝塚文化もあるのだろうか、ちゃんと観客のことを考えた劇場というのはむしろ東京でないところにこそあるというか、東京は古いだけで不親切な箱が手本になりがちで、むしろ観劇文化においてはかなり後進的であるくせにノウハウも蓄積されていないからダメな劇場が再生産されるのではないか。
エーステ春夏の二度目。新潟で見たときの方が春の渋さは好ましく、夏の仕上がりは大阪が別格だった。どちらもこなれてきたからこその変化で、さらっと流すことのよしあしが大きく作用することがよくわかる。虚構を真に受けることで芽生える感情や状況を、個人の実生活や人間関係にどのように持ち帰ることができるかということのポジを真澄が、ネガを斑鳩家が担っている。前者は嘘から出た真として他者に対する愛を得て、後者は虚構の制作への傾倒によって損なわれた生活する個人間の生活実感がある。集団で虚構を制作するのは楽しいし、美しい。宝物のようだ。けれども、それにかまけすぎると生活はなくなる。仲間たちはみんな失われる。なくなった生活を誰かと営んでいたとすれば、奪われるのは当人の健やかさだけではない。というか、当人は健やかでなくても夢中なのだから問題を自覚しないからこそタチが悪い。家のなかにまで虚構の論理を持ち込んだ祖父にもっとも気に入られていたのが生活能力に乏しい長兄であったことの悲哀。だからこそ、虚構と生活とを唯一渡り歩ける弟の円だけが両者を調停し、関係を修復できる。
終演した頃には箕面や千里中央では開いているお店がなかなか見つけられなさそうで、空港方面まで戻って、でかラブホテルが連なる大通り沿いの町中華かどや飯店に行ってみると大当たり。餃子がやけにうまい。かどや丼というあんかけ挽肉丼も、奥さんの頼んだあんかけおこげも、追加した肉団子もぜんぶ、油通しが決まっているのか、旨みがぎゅっと閉じ込められていて、かつギトついていない。たしかに油もふんだんに使われているのになんならヘルシーにさえ感じる。さすがの出汁文化というのか、関東の外食は粗野なのかもしれないとやはり思う。相席になったCAのおしゃべりが聞こえてくる。餃子とラーメンをもりもりシェアしていって、ラーメンは一杯ずつ、頼むたびに辛さを一段階上げているらしい。もう腹パンすわ、とひとりがやんわりと言い、まだいけるよね更に辛くしよ、とうきうきしている一人を牽制していた。満足で宿に戻ると二三時半くらい。ユニットバスの水臭さが苦手なタイプで、どうしても清潔さをイメージできず顔だけ洗うに留めて寝る。
