2021.12.09

二人でお休みを合わせた日。(sic)boy『vanitas』を聴きながら朝の電車に揺られ舞浜へと向かう。いつもここから歩いて、思ったより遠いな、と思う。植栽屋さんが逆掃除機みたいなやつで落ち葉を吹き飛ばしている。帰り道ではすでに元通りで、この季節の抜け毛と同じくらいすごい落ち葉の量を思うことになる。

検温はおでこ派らしい。

入場するとすぐにわくわくする。すごい。何度来てもいいところだ。お金と知恵と手間を「人を楽しませること」「ある世界観を構築すること」にだけ注ぎ込む豪快さ。シーでは僕たちは船に好んで乗る。明るいうちに一度、暗くなってからもう一度蒸気船に乗って園内を周遊する。ゴンドラはちょうど日没前の薄明かりのなか、紺と橙に染まる水面をすいすいと進んでとてもよかった。これはまだ明るいうちの話だが、ニューヨークを一周する車にも乗った。汽車には乗りそびれた。人魚の里でグエル公園を懐かしむ。ノーチラス号は何度乗っても本当に潜水しているかのように錯覚して愉快だ。ミルクティーのカクテルはホットだと思い込んでいたら氷がどっさりでしまったことだった。メリーゴーラウンドとシンドバッドはなんだかんだ毎回乗る。シンドバッドのクオリティがずいぶん上がっていたように感じたのだけれど調整が入ったのだろうか。常に何か飲み食いしていてずっと満腹。初めてウッディの顔面の向こう側に行けた。おもちゃの皆さま、アンディの部屋へようこそ。僕たちはおもちゃだった。この場所にいると時間感覚が混乱する。あっという間に帰る時間だ。ついさっきまで劇場で1920年代に想いを馳せていたはずなのに。体はしっかり疲れている。24,555歩。奥さんは29,495歩。5,000歩ぶんの環世界のずれ。どちらから見ても今日はよく遊んだ、楽しいものだっただろう。

中学生の頃のまだ誰の妻でもない奥さんは花火が見たかった。夜遅い時間なので多くの友達は先に帰って、奥さんともう一人の友達の母親が夕方からのパスポートで入園して花火を待つことになった。四人で夕食を済ませていると外ではドンドンと音がする。気がついた頃には花火は終わっていた。花火の時間は五分程度ととても短いのだ、油断すると見逃してしまう、そう僕に話してくれながらトイレに向かった奥さんは慌てて引き返してきた。花火の開始時間までもう二分もないのだ。危うくまた同じことを繰り返すところだった。二人で見た花火は場所取りを間違えて二本の木の間に上がった。それでも花火というのは気持ちが華やぐ。奥さんはたまやー、とごきげんに掛け声をあげる。終わると二人で拍手をした。

帰りの電車では気の抜けた早見沙織の声が聞きたくて一生懸命周回した。早くお風呂に入って寝たい。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。