帰りの電車で酔ってしまって、今もまだ気持ち悪さが残っている。空腹のせいかもしれなかったが、夕食後もまだ気持ち悪い。まだお腹が空いている可能性はある。お腹が張っていてよくわからない。頭がズキズキして、日記を書くのが面倒でならない。
さて、今日はこんなことがあった。
昨晩の僕は荒んでいて、せっかくの休みなのに夜からずっと雪だというので明日は外に出られそうにない。出かけられないとなると出かけたかった。焼肉が食べたかった。それで天に向かって駄々をこねていた。いい子にしていたからだろう、朝になってみるといい天気で道も凍ったりしていなさそうだ。これなら、とお昼に焼肉を食べに出かけた。カルビ定食、肉増量1.5倍。おいしくて、これが食べたかった、と大満足。食欲が満たされると別の欲望がやってきて、それは本屋に行きたい、というものだった。本当はいまの気分はスタンダードブックストアなのだが、天王寺は遠いので、一番好きな東京堂書店だ。
提案すると奥さんは、いいよ、と一緒に電車に乗ってくれたが、何だか最近本屋に入れないんだよね、ということでついたら別行動とした。突然の思いつきに付き合ってくれてありがとう、別行動であっても神保町までわざわざ一緒に移動してくれるのは嬉しい、と伝える。
ドッグランに連れてってあげたいと思ったとしても一緒に走りたくはないでしょ、それと同じ。
奥さんは人のことを犬扱いする。
人間の形だからって同じ動物だと思う方が間違い。
なんとなく納得する。本屋は僕のドッグラン。東京堂書店の前で分かれ、僕は一階から順番にぐるぐる見ていく。やっぱり三階でうっとりして、イチオシされてる『ウィトゲンシュタイン 『哲学探究』という戦い』と、それを買うならばと『哲学探究』を。20年に新訳が出てたらしい。それから欲しかったブコウスキーの『書こうとするな、ただ書け』とリオジエの『男性性の探求』を決めて、『わたしたちがこの世界を信じる理由』で迷う。もう『眼がスクリーンになるとき』を読んでいるし、これを買うならいよいよ『シネマ』を読むべきだ。ウニベルシタス叢書の棚に行くとあったので、二冊の『シネマ』も抜き出して、えいや、と一緒に買うことに。一階に戻る頃には両手にいっぱいの本で、目星をつけていた旅行コーナーにあったムーの歩き方と、軍艦にあった町田康と伊藤比呂美の対談本を書い損ねた。
奥さんがいるらしいいちのいちで合流しようと向かうといなくて、奥さんは東京堂書店の前にいたらしい。すれ違った。文房堂をひやかして、カフェを探して九段下方面に行くとものものしい、そうか、建国記念日か、と奥さんはカリ≠ガリの武道館ライブを思い出す。なんとなく狙っていたカフェは空振りで、引き返しているあいだに僕のくるぶしが痛み出した。雪が積もってるかも、と雨靴をおろしたのだが、晴天で、しかも近所の焼肉屋までの慣らし運転のつもりだったのがこうしてがっつりお散歩してるから、しっかり靴擦れを起こした格好だ。慌ててコンビニで絆創膏を買って処置するが、一度赤くなってしまったらあとは削れていく一方。へこへこ歩いて、古瀬戸でお茶する。
座っている間はくるぶしは無事だったが、帰り道でいよいよくるぶしが炎症気味で、半分脱いでつま先立ちで歩く。くるぶしの痛みのせいか、自律神経が弱り、電車の揺れで酔ってしまった。なんとか最寄り駅につくも、そこから家までが遠い。途中の公園のベンチで休んでいるあいだに、奥さんが先に帰宅してサボを持ってきてくれる。履き替えて、夕飯の買い出し、助かった。
昼過ぎからなし崩し的に出かけたわけだが、こうして暗くなるまで遊ぶと一日遊んだ気持ちになるからお得だ。本屋で遊ばせてもらったのもそうだし、靴擦れのフォローもしてもらって、今日を楽しめたのは奥さんのおかげだ。弱っている方を、あたりまえにもう一方が助けるようになっていて、しかしこれはあたりまえではなく、とてもすごいことだ。
