五月二日。思い立って仙台にいた。曲線に行きたかったのだ。昼過ぎ、上野の発券機で新幹線のきっぷ買ってから気づいたけど、火曜水曜は定休日のようで、祝日の記載が見当たらなかった。これはもしかしたら明日明後日は定休日かもしれない。順調に行けば到着は十七時。間に合わなかったら仙台に行く理由を果たせずにとぼとぼ帰ることになる。これは、なんというか、我ながら計画性のなさがすごいな、と思いながら新幹線に乗る。北に向かう列車は途中で半身を切り離して各々の道を行くから怖い。間違えて変なところに行ってしまいそう。車内でてきとうなサイトで価格の安い順にソートして、今晩の宿を取る。
仙台駅に到着するとまず西口のペデストリアンデッキだ。エスカレーターを降りて、登って、『偶然と想像』ごっこをした。二往復した。それからバス乗り場を探すのだが、見つからない。一度駅に戻って地階から向かおうとするが、そうじゃないらしい。難しい。再びペデストリアンデッキに登って、なんとか15番乗り場に辿り着くと、ちょうどバスが出るところ。仙台のバスはどんな仕組みだろう。前払いだろうか、Suica は使えるだろうか。新しい土地のバスは緊張するが飛び乗る。前もってタッチして降りる時もタッチする方式だった。ちゃんとわかった。よかった。八幡一丁目で降りる。国道沿いを小径に折れて石畳の道をいった先、という説明そのままの立地で、なんでもない国道からひょいと曲がったところにスコンと抜けた景色が広がっていて、何度もYouTubeで確認した本屋が建っていた。
まずはひっそりお客さんとして棚を見てからご挨拶しようと思って、店内をぐるりと見て回る。入ってすぐの棚に自分の本が置いてあってにやける。ジュディス・バトラーをそろそろ読みたいな、と思いつつ、翻訳小説のセレクトにも惹かれるものがある。中央の台に並べられた本で、トーベ・ヤンソンの『島暮らしの記録』というのがあって、知らない本だったがこれは買うだろう。トーベ・ヤンソンは短編がなんだかとても好きで、著作を見つけると手に取ってしまうものだし、未知の本と出会った時はそのお店で買いたい。それから靴を脱いで、一段高くなったエリアを見ていく。画集や写真集も格好いいのが多く、ON READING で惚れ惚れとした本が何冊も置いてあった。壁面の棚もしみじみよくて、悩ましい。せっかく仙台で買うなら、と思い、せんだいメディアテークの展示記録とも迷ったが、『10年目の手記』と『中動態の映像学』の二冊を手に取る。さらにその隣の『あいたくてききたくて旅にでる』も引き抜く。実話怪談を経由して、聴き語り継ぐ技術としての民俗学への関心が高まっている。もう一度土足エリアに戻って、トーベ・ヤンソンを手に取り、それから『力なき者たちの力』という本が目に留まったのでこれも選ぶ。いい本屋には二周目にふと輝いて見える本というのがある。今回はこれだった。アイコンと同じ眼鏡とキャップで伺ったから、菅原さんは、柿内さんですよね、とこちらから挨拶する前に声をかけてくださった。恐縮した。バレバレなのだからさっさと挨拶すればいいのに、と思う。コーヒーをいただいて、『中動態の映像学』を読み出すと面白くてついつい読み耽る。序章と一章を読み終えて、これはいい本だと確信する。帰り際、少しお話しする。明日も営業するとのことで、明日も来てくださいねといっていただけたのですぐその気になる。明日も行くだろう。
せっかくなのでせんだいメディアテークを覗いておこうと思い、歩ける気がしたので歩くと案外距離があった。二〇時から録音の約束だったが、土地勘がよくわからないまま宿を多賀城の方に取ってしまい、これは名古屋駅の宿のつもりで藤が丘の宿を取ったようなものだ。ここからだとバスに乗るより、さらにあおば通駅まで歩いた方がよさそうだが、そうするとさらに二〇分歩く。宿に着くのが二〇時にどうしても間に合いそうにない。連絡を入れて、二十一時半からに後ろ倒ししてもらう。計画性のなさ。メディアテークは外から見るだけにして、あしたの楽しみにすることに。商店街を抜けていく途中、立派なあゆみブックスがあった。ものすごく広そうだ。これも明日の楽しみにすることに。
JR なのに地下鉄だ。多賀城駅について、チェクイン。すこしだけ余裕があったのと二十二時で閉まってしまうということで先にお風呂を済ませて、それからRyota さんと録音。『雑談オブザ・デッド』の特典音源と、宣伝回の二本。宿のWi-Fiが不安定なのと、二人なのにZOOM が四〇分で落ちてしまって、何度も中断して入り直す羽目になったが、楽しい録音だった。ちゃんと使えるものになっているといいのだけど。Ryota さんには録り直すことになったらそれは柿内さんが急に仙台行っちゃったせいですからね、と言われて、ぐうの音も出ない。
