2022.05.04

結局録音の後に編集と配信準備を始めてしまって、ベッドに入ったのは二時すぎだった。自宅にいる時から夜更かしすると具合が悪くなるのに、わざわざ宿で深夜作業をするというのは不合理の極みのようでそうでもなくて、そもそも僕は枕が変わるとうまく眠れない。だからベッドの中でまんじりともしないでいるよりは、眠気の限界まで手を動かしておくべきだった。編集を終えた音源をチェックのために流しながら、ようやく横になってうとうととした。子守唄代わりに自分のおしゃべりを聴くというのは初めての経験で、自分で自分を寝かしつけるというのは変な感じがするものだ。

起きたら三日の九時半とかで、チェックアウトぎりぎりだった。午前の多賀城は空が広くて、ジャージ姿の高校生が朝練を終えて帰るところだった。駅の向こう側を何気なしに見ると、図書館があったのだが、蔦屋書店そのもので、しかも入ってすぐのところではパンの催事が賑わっている。なんというか、ショッピングモールのようだ。スタバで目覚ましを飲もうかとも思ったが、なんとなくここにお金を落とすのが癪で、とりあえず図書館部分を見て回る。悪名高いダミー本の割合はそこまでではなくて、しかし天井近くの本は取りづらそうだった。見せ方がまるで蔦屋書店で、なんだろうな、と思いつつ、階下のスタバもそうだが、こういう町に、都会的なんかはしらんけど、なんか洒落のめした文化の香りがする立派な施設があるというのは、いいことだな、と素朴に思う。とにかくまずは軽薄に形から入る。僕はそういう態度が好きで、文化というのはまずなによりなんか格好いいというバカみたいなイメージが大事だし、そうしたバカみたいな感覚を喚起することは、バカにできない切実さを持っているはずだ。

青葉区まで出て、仙台の町はだいたい青葉区といっていいのかもしれないと昨日歩きながらマップを確認して思った。ここは、街中にフラットなベンチが充実していてすごくいいな。いつでも腰掛け、寝そべることができる。それくらいは当然のことであってほしいのだけど。東京にいるとくたびれたとき、ちょっと一休み、にいちいち金がかかる。その暴力性を改めて感じる。今回、曲線に行くこと以外なんにも考えてなかったけれど、こうして歩くだけで楽しいな、とにこにこする。

アーケード商店街にぎゅっとさまざまな機能が詰まっているのに高松を想起する。そういえば高松も三越がアーケードの中にあった。これはいい町のひとつの条件なのかもしれないな、とてきとうなことを考える。まずはあゆみBOOKS 行って、ヒロアカの最新刊を買う。三越裏のコーヒースタンドでコーヒー飲みながらさっそく読む。ヒロアカはいいなあ、と思いながら、今度は向かいの地下のヤマト屋書店行って、そもそもこういう規模の本屋さんは久しぶりだった。文庫本がたくさんあって、そうか、あれもこれも文庫化してたのか、と楽しい。大きな規模で、かつ文房具の面積がそこまで広くない書店がこの距離で並存しているのはとてもいいな、とうきうきする。せっかくなので上の階の北海道展をのぞき、賑わいとラインナップの差異を点検する。

窓目くんの遊びをしようと思い、理容店をいくつか検索してそれをポイントに青葉区の(たぶん)北の方を歩いていく。定休日のところが多くて、開いているところも予約でいっぱいだったり、飛び込みでのカットは案外難しい。それでも歩く軌道にへんな逸脱を生むから散髪できそうなところを目指してうろうろするのは楽しい遊びだった。途中奥さんから教えてもらって、ひょうたん揚げというのがおいしいらしい。アーケード商店街を引き返して、阿部蒲鉾店で一本もらった。衣の感じは揚げまん棒を思い出す。そういえば納屋橋まんじゅうはもう食べられないんだっけ。ようやく入れた美容院で髪を切ってもらう。動画では個人の髪質というのは判断できない、だからインスタなんかで見たと言って持ってくる髪型が本当にその人の髪質とマッチしているかは現場の私たちしか判断できない、髪はデジタルに形を切り替えたりはできなくて、さまざまな制約を受けながら、それでもお客さんのイメージする理想に近いものにしようと工夫するのが仕事だ。なのに最近は完璧にトレスできないとわかるとあっさり全く別の髪型に切り替えるお客さんが多くなって、私たちは理想と現実のあいだを橋渡しするような発想をして髪を切ってきたから、初めに提示された理想の残像をどうしても拭いきれないで戸惑う。それでも今のお客さんは、アバターを切り替えるようにあっさりと次の理想を提示してきて、それも現実の制約と見合わないとわかればまた次に切り替える。脳もデジタル化してきているのかもしれない。アナログな私は提示されたお互いにちぐはぐな理想の残像をどうしたって引き連れてしまう。そんなお話を聴いて面白かった。さっぱりして満足。

せんだいメディアテーク。三階の検索機で自著を探して、入っている! 「貸し出し◯」だったので見にいくと、あるはずの棚にないので喜んだ。この館内で今まさに誰かが手に取っているかもしれない。二階と三階の閲覧スペースをしらみ潰しに見て行って、人々が読んでいるものを確認したが見つからなかった。上の階の展示をすこし見て、一階のカフェで遅めの昼食を摂った後ふたたび捜索したがやはり見つからなかった。しかし見つけたらどうなったというのだろう。

16時前くらいに曲線に着く。今日はfuzkue の音楽が流れていて、あ、と思う。いいな、このお店にすごく似合っている。曲線は本を見て買うだけじゃなくて、カウンターで飲み物を片手に本を読むこともできて、本について語らう可能性にもひらかれている。あらゆる本にまつわる時間が流れているお店で、こういう場所があるというのはとても豊かだ。昨日「今日も行くので万が一遭遇したい方は是非」とツイートしておいたのだけれど、本当にいらしてくださった方がいたようで、けれども僕が仙台を満喫していたばっかりに入れ違いになってしまったらしい。ありがたく、申し訳なかった。次はもう一日滞在みたいな企画としてやりましょう、と菅原さんとお話をしたりして、また来るんだな、と嬉しくなる。みかんジュースを飲みながらフーコー入門を読んでいると、ひとり、わざわざ『プルーストを読む生活』を持ってきてくださった方がいて、嬉しい。チャイをお願いして、菅原さん交えておしゃべりをして、おしゃべりのなかでおすすめいただいたタブッキと小津夜景を買っていくことに。ほくほく。

十八時前の『コーダ』のチケットを取っていた。歩いて二〇分くらいかかりそうだったので、そのくらいに曲線を出る。『コーダ』は音楽のすばらしさを祝福するベタな青春もののような装いで、じっさいには個々人の決定的な「わかりあえなさ」と、理解できない他者を受け入れ手を差し伸べる勇気の映画で、ぼろぼろに泣く。客電がついてもしばらくは鼻水と涙がとまらなくて、べそべそと夜の仙台を歩く。南下し、花京院の貸し会議室でオムラヂとポイエティークRADIOの録音。昨日もそうだが、わざわざ旅先でふだんやっていることをやるのはなんだかいい。本屋に行って、髪を切って、映画を観る。録音をする。日記を書く。ふだんの一日の過ごし方を、見知らぬ町でやってみること。ああ、僕はここでもやっていけるのかもな、という頼もしさ。住んでみたい場所が増えていくことは具体的な希望だ。

とはいえ今日は盛り沢山で、これから夜行バスで東京に戻るので日記の代わりにツイートで残しておいた。普段通りに過ごしすぎて、観光という気持ちが薄らいでいた。そのせいでお土産買いそびれた。なんなら夕飯も食べ損ねた。バスの待合所の前でコンビニのサンドイッチ食べた。昨晩も牛丼チェーンだったし、仙台らしいものはひょうたん揚げくらいしか食べれなかった。

バスは走り出す前から少し酔いそうで、マスクをしたまま一晩過ごすというのは想像以上に過酷だぞと思う。後部座席の女の子たちは終点のディズニーランドまで行くのだろう。休憩のたびに外に出て華やいだおしゃべりに興じていて、ほとんど一睡もしないまま元気いっぱいディズニーで遊ぶのか、と底抜けの体力におののいた。すごく羨ましい。けっきょくほとんど眠れなくて、しかし文字を打つのはしんどくて、Kindleで三柴さんに教えてもらった『煙鳥怪奇録』を一冊まるまる読む。実話怪談でやりすごす夜。しかし夜行バスで読む実話怪談はかなり沁みる。たぶん何度か寝落ちてはいて、そのたび不安な気持ちで目が覚めた。これはとてもいい読書だ。途中休憩のサービスエリアでお土産は買えた。我妻俊樹『くちけむり』を読み出して、短い悪夢をいくつか見て、最後のサービスエリアで白々とした山を眺めて爽やかな気持ち。東京に戻ってきて、帰宅してシャワーを浴びる。こんこんと眠る。一六時くらいにようやく起き出して、近所の銭湯に行く。ずっと本を入れた紙袋と、MacBookを両手に下げて、大きなリュックを背負っていたから肩から背中にかけての凝りがすごい。もみほぐしながら温まって、サウナもしっかりきめる。たっぷり二時間くらいはそうしていたのだろうか。出る頃にはすっかり暗くて、取り戻した健康を台無しにしたい気分だったので家系ラーメンと瓶ビール。代謝のよくなった体はぐんぐんアルコールを吸収して、帰ってそうそう気持ち悪くてまた寝込む。二十二時過ぎに奥さんもまた旅行から帰ってくる。おかえりなさい、楽しかった? 奥さんも僕も話すことがたくさんありそうだ。僕はこうして日記を書くから、まずは奥さんの話が楽しみだ。どんなところに行って、どんなものを見たのだろう。この日記には残らない、奥さんの道行きだ。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。