柿内さんが会社員の頃の話である。
うたた寝をしていると、左目に異物感があった。
これは夢だ、とすぐにわかったそうだ。というのもおすぎとピーコの現在についての記事を読んだあと、眠気に襲われて横になった記憶があるからだ。Yahoo!ニュースじゃなくて転載元のリンクをツイートしたいよね、という趣旨のツイートを見て頷いたが、いまとなっては元の媒体がどこだったか思い出せない。
そんなことを考えているうちに、左の義眼がこぼれ落ちた。
ダ、ダ、ダと地面が小刻みに揺れている。義眼は揺れに合わせてひょこひょこと転がっていき、あっという間に見失ってしまった。
そもそも俺、両目あるしな、と思い直すのと同時に、揺れているのは地面ではなく自分の方だと気がつく。高熱らしい。
「もう今日は学校行けない。」
柿内さんは弱々しく訴えかけると、母親は仕方がないな、という顔でリビングに出ていく。母親が学校に電話をかけている間、心優しい弟がタオルで額を拭いてくれたりかいがいしく世話を焼いてくれる。
ああ、もう安心だ。
目を瞑ってふたたび眠りに入ろうとすると。
──ミーンミンミンミーン。
蝉の声が聞こえる。
──ミーンミンミンミーン。
まじかよ。まだ五月だぜ。
どうりで寝苦しいわけだ、と納得しかけたとき目が覚めた。
外では通りを挟んだ向こうのビルの解体工事が続いている。自室にまで振動が伝わってくるような気がするほど、音は大きく響いていた。つけっぱなしのPC はバッテリーがシューンシューンと音を立てて駆動している。それは蝉の声に聞こえないこともなかったと言う。
※
日記に飽きてきたわけではない。ただ、日記は書いていても書いている気がしない。青木さんとの録音を聴いた奥さんは、だったら日記でないものを書いたら、と言った。それもそうだ。これからは毎日日記でないものを書くか、と思うがとっさに切り替えられるものでもない。日記のようなそうでもないような、たらたらと積み重なる小説のようなエッセイのような文章を書き継いでいくということをおいおいやっていきたいのだが、いつから始めるかはまだわからない。とりあえず負荷のかかる書き方を続けていく練習として、しばらくは実話怪談の文体練習を実生活を題材に行っていきたいと思う。二日で諦めるかもしれないし、意外と続いてしまうかもしれない。