勉強とはやはり変容であり、変容とは自己の解体と再構築なのだ。だから、勉強する前と後では全く別人になっていると言ってもいい。勉強を嫌いな人、講習に身が入らない人というのは、非常に真っ当な感性というか、自己保存の本能からすれば当然の防衛機制なのかもしれない。自分は、いまのまま変わりたくない、という感覚。それは、自分がまったく別のモノに変わってしまうかもしれないという予感への恐怖だとも言える。
会社員のカキナイは、社内研修を受けながらそんなことを考えていた。
あらゆるニーズに対応しようとした結果、複雑に曲がりくねった枝葉を次々につけていったような業務システム。生身の人間の奔放かつ臨機応変なニーズを、直線的に順番に処理するシステムに沿わせること。つまり人間の側を機械の都合に合わせるための技術を身につけること。それが研修の目的だった。
しかし。
カキナイはまじめに自己を作り替えようと教えられた通りに画面を動かす。
これは、なんだかんだ言っても、よくできたシステムだなあ。
感心する。たしかにぱっと見は複雑だが、それはむしろ生身の人間の直線化し切れない複雑さを内包するための複雑さで、紋切り型に手順を一律化しないための余剰であることが、触ってみるとすぐにわかる。一本道であれば迷わないというわけでもない。むしろ自由な寄り道の余地こそが、躓かないで最後まで歩き通すためには必要だったりするものだ。
ここで規定値を入力。ショートカットキーで備考欄に対応を追記。そして──
エラーを知らせるポップアップ。
なぜだ!
俺はこれまで、一生懸命、無心でいうことをきいてきたじゃないか。
それなのにあんまりだ。エラーだなんて。
なんで!なんで!なんで!
カキナイはぶるぶる震え出す指先をなんとか抑えて、いま一度数値を確認する。そうか、この場合はここの数値をこのようにして、こうか──
エラーを知らせるポップアップ。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
勢いよく椅子から立ち上がり、そのままの勢いでのけぞったカキナイはそのまま背中から思い切りリノリウムの床へと叩きつけられた。
なんで!なんで!なんで!
腰のあたりを軸として反時計回りに回転し始めたカキナイの叫びを、しかし誰も気に留めない。
そんなことは、いっさい起こっていないからだ。