2022.06.09

リュックには三冊の本がある。『代わりに読む人0』、『ふつうの書店員』、『おかしな雑誌のつくりかた』。曇り空のようだったが、外で腰掛けていると昼休みに首筋にじりじりと日差しを感じる。なんとなくもったいなくて読まないでいた『代わりに読む人0』をようやく読み始め、始めるととても愉快な心持ちでつるつると通読してしまう。だからといって内容が薄味ということではない。どの原稿もコクがあり、何度も味わいたくなるものだ。しかし、こうして配置されると、僕の原稿のよさが際立つなあ。頭からよんでいく流れの中で、とてもいい塩梅で効いていて、嬉しくなる。僕はもともと僕の書くものが好きだが、他の優れた書き手の中に立ち混じって似合っているのを読むのは格別だ。小説と批評とエッセイの境目を意図的に撹乱するような文章が多く、たまたま隣り合うものたちがどこか響き合いながら別様の景色を予感させる構成とよく似合う。大満足で、PUNPEE,VaVa,OMSB そしてモノンクルの「Wheels」を聴きながらざっと頭から目を通し直す。一号にも書かせてもらえるといいな、という気持ちと、まったく異なる執筆陣でひしめき合った誌面と出会いたい気持ちとがないまぜになる。外に出て、いろんなことをしたくなる。広告に煽り立てられるのでなく、自ずから沸き起こる知的な興奮に誘われるようにして体を動かしたくなる。これはそういういい雑誌だ。

クールダウンに散歩をして、いつの間にかマイナーチェンジがなされた街並みの、どこがどう変わっているのかまったく判然としない。ただ、なにかがなくなり、なにかが立ち現れているとだけわかる。

『ふつうの書店員』。Ryota さんに本が取り上げられていますよと教えてもらって文フリで買った本。想像以上に大役を『会社員の哲学』が担っていて驚く。これは嬉しいな。自閉した試行錯誤、失敗が運命づけられたぶざまな跳躍。そういうつもりで作った本だし、加筆版の完成まで増刷も考えていない本ではあるが、こうして具体的に誰かの励ましや杖として使われたのだと思うと、出してよかったな、と思う。心許なさがかすかに晴れるというか、自分でも確信が持てないままできあがってしまう実験的な本をもっと出そうと勇気づけられる。僕にとって書くことは読むことの裏表で、だからこそ誰かの書くことの種として使われるのがいちばん嬉しい。ありがたがって大切に読まれるのも、冷笑的に逐語的に読まれるのも、なんだか据わりが悪い。等身大の思考をドライブさせるものとして読まれ、さっさと離陸してもらえるのが理想だ。

『おかしな雑誌のつくりかた』は僕以上の悪文で元気が出る。てにをはや論理の不整合が目立つ前半はもはや苦痛さえもあったが、後半に至ってぐんと可笑しみを増していく。いちばん面白かったのは各号の部数が明記されているところ。あのくらい話題になってこの部数か、などと表層と実態の距離を推し量る。タイトルからすると、原価が書いてあると嬉しかったな、というのは下世話に過ぎるだろうか。つくりかたの具体を知りたいというのは、案外そういう下世話スレスレの部分だったりする。

家に帰ってまだ読みたい。枕元に積んである本から一冊抜き出す。曲線で買った本だ。

中央分離帯の向こう、まぶしい陽の下にひろがる静かな海は大きな布に似ていた。無窮のかなたをもおおいつくす青い布だ。風は海を愛しているようだった。光も影も海とたわむれたがっていた。誰に言うほどのこともない雑念が胸に起こり、すぐさまかすり傷のようななごりに変わった。生まれたての記憶、とわたしは思った。それは真新しすぎてまだなにが刻まれたのかさえ判別できない、あまりにやわらかな記憶だった。わたしは海をながめつづけた。永遠をめぐる虚薄な気配が、わたしをとり囲んでいるのがわかった。

小津夜景『いつかたこぶねになる日』(素粒社) p.26

ほれぼれするほど格好いい文章だ。この段落に痺れてしまって何度も読み返す。何度読み返しても汲み尽くせないと感じ、はっとして、一字一字引き写すことにする。車道のアスファルトの硬質さから、大きな布の柔らかさへと、異なる質感のイメージを順番に読み手に喚起させ、読み手が想起する手触りの変化はそのまま思考の動きとなり、風そして光と影の運動と重なり合う。そこに至って「誰に言うほどのこともない雑念が胸に起こり、すぐさまかすり傷のようななごりに変わ」る。この鮮やかさ!

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。