2022.06.10

昨晩は二人ともなかなか寝付けなかった。それで一回起きちゃおう、と体を起こして、布団の上でTENT のお手玉をつかって軽くキャッチボールを行う。楽しい。それから二度目のおやすみ。奥さんは問題なくすやすや眠れたらしい。僕は流れを掴み損ねた。明け方、知らない年下の人からガチめの説教をされる夢にうなされた。だから眠い。

『生活の批評誌』を読み、毎号とてもいいが、今号の特集は白眉というか、これまでの積み重ねがあってこそ捉えた根っこにある気分という感じだった。居心地の悪い場所に身を置くこと。明晰さを保ちつつ、わかりやすいポジションに安住しないこと。そうしたスタンスに非常に共鳴しつつ、寄稿の多くに「自分語り」の濃度の過剰を感じてしまい、途方に暮れもした。こうした違和感があることの頼もしさ。こちらをわかりのいい読者の立場に安心させてくれない。ざらつきが残る。ずっとぐるぐる考えていて、退勤後に奥さんとお酒を飲みながらうんうん話していた。僕の言葉を扱う手つきは注意深さに欠ける。それは言葉を何かに形を与え規定する道具というよりも、もやもやと形にならないものの周辺に散らかして手探りするための道具だと捉えているからなのではないか。前者は写真で、後者は彫刻だ。そう奥さんは喩えて、格好いい喩えだった。素材に対して構図を決め、枠の内外を峻別するようにシャッターを切る鋭さと、素材に対してあれこれと働きかけていく中で、ぼんやりと輪郭の落とし所を探っていく楽しさ。両者は二項対立を幻視することさえ不可能なほど異質なものだが、抵抗したいもの、違和感の向き先はそう変わらないようにも思える。

『ふつうの書店員』と『きっとどこかへ流れつく』を続けて読んで、僕も往復書簡やりたいという気分にまんまとなる。ツイートするとお二人声をかけてくださる。嬉しい。三人でどうしたら往復できるのか、紙にあれこれ書き出してシミュレートしてみる。さっぱりわからない。奥さんが横からさらさらと綺麗な図を描いて、こうすればいい、と教えてくれる。すごい!とはしゃぐ僕を見て、適性テストでまっさきに落とされそうだね、と同情のまなざし。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。