『ザ・ボーイズ』を観ていたら一日が終わる。シーズン2に至ってはキャストやスタッフが一話ごとにトークしていく番組まで用意されている。その話を聞いた奥さんは「福利厚生が過ぎる」と漏らす。シーズン1を総括するエピソードもあり、そこで語られていたジェンダーギャップへの制作陣の回答がよかった。以降も差別への憤りを涙ぐみながら表明する回がいくつもあったり、トークの内容自体は下品でくだらないものも多いのだけど、本気になるべきところはきちんとストレートに伝える姿勢がなんだか羨ましい。地雷原に突っ込んでいくような作劇でありながら、踏み抜いてはいけないところはきちんと回避し、ふむべき地雷をきゃっきゃと爆破していくようなドラマは、理知と意地の悪さによって成り立っている。幼稚で下卑た露悪を自由と履き違えた愚か者しかいないのか、というようなことを日本の制作物には感じることが多いので、なおさら過激で冷酷なコンテンツを安心して楽しめるということがほとんど奇跡のように感じる。
『メイドインアビス』のアニメの新しいやつも観た。これも超面白い作品なのだが、ところどころに90年代からゼロ年代のダサいサブカル的な露悪を感じなくもなくて、ややノイズだ。特に今回の一話の冒頭などは、どうしても原作者の赤松支持のツイートに対する違和感がちらついてしまう。思想の合わなさは基本的に作品を楽しむにあたっていったん留保できるものだと僕は思っているというか、作品の方が作者よりも大きなものであるという信のもと作品と接したいのだが、作品の強度を作者の濃度が上回ってしまう瞬間というのがあって、そういうとき一気に白けてしまう。
映像ばかり浴びていると具合が悪くなってくる。本ばかり読んでいると具合が悪くなるのと同じだ。そろそろ本を読まないとな。そう思い、『ネロ』や『水中の哲学者たち』を開く。なんだかずっと疲れている。頭がうっすら痛い。滝とか川とかある高原のコテージでのんびり過ごしたいが、そういうところでのんびりできた試しがない。リフレッシュとはなんだ。遠くに出かけたらはしゃぐじゃん。
