2022.07.15

積読というのはどこからが積読なのだろう。Ryotaさんが先日積読を数え上げる遊びをしていて、160冊くらいだったはずだが、それはどこからが積んだ判定なのだろうというのを考えていた。家にあってまだ読んでいない本ということであれば、本棚に収まっている本でさえほとんどがそうだ。そうであるならば何冊あるか考えるだけで気が遠くなりそうだ。本棚に収まりきってないという意味だと40冊くらいだろう。お金の問題ではなく空間の問題で本をもう買うべきではないというか一度減らすべきなのだが、何度も厳選した結果の本だからもう減らせそうにない。場所がないのに本を買うのはかなり自傷行為というか、依存症めいた苦しみを伴う。やめたいのにやめられない。このような後ろめたさは払拭したいのだけど、どこにどう棚を増やせばいいのか見当もつかない。途方に暮れている。図書館の本も置き場がない体たらくだ。気がついたら一週間ほど延滞していてこれも憂鬱だ。通勤が再開されてから図書館との付き合いのリズムが崩れている。また感染者も増えているようだしまた出社制限がかけられることをどこか期待している。

昨日はほとんど一日サウナとお風呂で過ごして、ゆるゆるとできたが、フレッシュなのはその場だけで、すぐにフレッシュではなくなるので、リフレッシュとは虚構なのではないかと思う。また雨も続いているし、滅入っているのかもしれない。愚痴っぽいというより、暗い。しょぼくれていて鬱陶しい。からっとへらへらしてたい。

退勤後、ミニオンたちの映画をレイトショーで観る。想定通りの面白くなさで、期待通りの楽しさ。ミニオンが出てくるたびににこにこしていた。今回の劇伴がいちばん好きかも。選曲もカバーもいちいち格好いい。カーペンターズの曲がかかる一連のシークエンスが白眉。カンフーのシーンだとか、もっと楽しく撮れただろうと物足りないシーンも多かったけれど、『インディ・ジョーンズ』シリーズのパロディがいくつもあったり、相変わらず全盛期のスピルバーグへの目配せが謎に豊富でそこは楽しい。しかし変な映画だ。ほとんどの繋ぎが不自然で、不恰好。最後までどういうリズムで観ればよいか掴めないまま、そわそわと振り回されているうちにすこし倦んできて、ようやく落ち着いて観れそうだと思ったころには終わる。慌ただしいわりに体感は短くなく、体感時間のわりには満腹感に乏しい。吹き替えしかかかっていなかったので仕方ないが、今回ばかりは原語で見たかった気もする。芦田愛菜さんもいないし。何より、ミニオンの言葉がだいぶ意味を成していて、それが吹き替え由来なのか判別できないがやりすぎに感じる。もっと多国籍な言語のチャンポン感もありつつあくまでナンセンスな音の羅列であってほしい。こうして書いていくと文句ばかりなのだが、ミニオンの映画にミニオンのほかは何も求めていないので、満足して帰宅。帰り道がだるくて録音を回す。ここでもだいたいミニオンの映画の文句ばかり言っていたが、話すとこのような語るだけ仕方がなさそうな作品についても思ったよりも語れてしまうもので面白い。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。